TITLE : em980904 召されて信仰によって生きる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ4:2 もしアブラハムが行ないによって義とされたとしたら、彼には誇るべ きものがありますが、神の御前では誇るものはありません。(3節)そこで、聖書は 何と言っているでしょうか? 「アブラハムは神を信じた、そしてそれが彼の義 と勘定された」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― アブラハムは召された者として、信仰によって義とされました。堕落した人は自 分の行ないに依り頼みますが、召された人は自分の行ないではなく、神のみわざ を信じます。堕落した人はだれも、行ないによって神の目に義とされることはで きません。ですから、召された者は、神によって堕落した種族から召し出されて いるので、自分の努力に信頼しません。彼らは神の恵みのみわざに信頼します。 アブラハムと他のすべての信者はこのようです。「信仰による者は、信じるアブ ラハムと共に祝福されるのです」(ガラテヤ3:9)。神の約束の祝福、「約束され たその霊」(ガラテヤ3:14)は、信じる者たちのためのものです。こうして、アブ ラハムとわたしたちは、信仰によってキリストと結び付けられ、キリストと結合 されます。神の恵みのみわざを信じる信仰によって、神に召された人は神によっ て義とされ、永遠の分け前であるキリストにあずかるのです。 アブラハムのような人となるためには、わたしたちは主を信じなければなりませ ん。主を信じるとは、主と結び付けられることです。アブラハムは堕落した種族 から召し出されて、主と結び付けられるに至りました。アブラハムの子たちはみ な同じように、キリストと結び付けられなければなりません。「あなたがキリス トのものであるなら、アブラハムの子孫であり」。言い換えれば、アブラハムの 子孫であるなら、わたしたちはキリストのものであり、キリストと結び付けられ ているのです。キリストと結び付けられるためには、自分を拒絶し、キリストを すべてとしなければなりません。これがキリストを信じることであり、このよう に信じることが神の目に義であるのです。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 主イエスよ。わたしが召された者として、信仰の人、恵みのみわざを信じる人と なることができるよう助けてください。主よ。わたしはあなたのものであり、あ なたと結び付けられています。あなたをすべてとすることができるよう導いてく ださい。アーメン。