すべてはわたしたちの益のためである ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ8:28 また神を愛する者、すなわち、彼の目的にしたがって召されている 者たちには、すべてが共に働いて益となることを、わたしたちは知っています。 ヘブル12:7 あなたがたは耐え忍んで、取り扱いを受けなさい。神はあなたがた を、子として扱っておられるのです。父に取り扱われない子がいるでしょうか? ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちは、神の御手によってなされることはみな正しいということを信じな ければなりません。わたしたちの環境は神の按配されたものであって、それはわ たしたちの益のためです。環境上の一つ一つの按配はみなわたしたちの益のため であり、それはわたしたちの生まれつきの命の強い部分を対処するためなのです。 神がわたしたちを対処するのに二十年もかかることがないよう望みます。しかし、 残念なことに、ある人は二十年たってもまだ自分に課せられた学課を学んでいま せん。ある人はずっと試練を受け、ずっと訓練を受けているのに、それでも何ら の進歩もありません。残念なことに、彼の肉は神に触れられることもなく、弱く なることもありません。そして依然として打算的で策略が多いのです。 兄弟姉妹よ、あなたは、神の御手が重々しくあなたの上にのしかかるのを怪しん ではなりません。神はご自身のなされることが何であるかをご存じです。本来ヤ コブという人は、あわれみのない人でしたが、神の訓練を受けて老年に達した時 には、彼は慈しみ深い人になりました。わたしたちの遭遇することは、みな聖霊 がわたしたちの必要に応じて一つ一つわたしたちに与えてくださったものである ということを、わたしたちが見ることができますように。それぞれのクリスチャ ンの身に起こることは、偶然ではありません。クリスチャンが遭遇するすべての ことは、みな聖霊によって按配されたものです。これらはみなわたしたちを成就 するためなのです。わたしたちがそこで訓練され、試練を受ける時、当座は気持 ちの良いものではなく、喜ばしいものとは思われません。しかし、これらはみな 神がわたしたちの上になされるみわざです。後になってわたしたちは、わたした ちの遭遇したことはみなわたしたちにとって益であったことを、認識するでしょ う。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 主イエスよ、あなたは、わたしが前進するために何が必要なのかを正確にご存じ です。わたしが触れられないままにしておかないでください。わたしの環境のあ るものは幸いなものではありませんが、あなたがわたしの益のためにすべてを按 配してくださっていることにやはり感謝します。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第35巻「アブラハム、イサク、ヤコブの神」(1998年版) メッセージ第9編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されてい ます。 eManna Japanホームページ: http://www.emanna-japan.com 登録の削除: mailto:unsubscribe@emanna-japan.com へメールを送ってください。 コメント: mailto:comment@emanna-japan.com へメールを送ってください。 .