悪い求め方をしない ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヤコブ4:2 ……あなたがたが得ることがないのは、求めないからです。(3節)求 めても得られないのは、自分の快楽のために費やそうとして、悪い求め方をする からです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちは神の御前で求めるべきですが、それには条件があります。それは悪 い求め方をしないことです。わたしたちは必要があるから神に求めるのであって、 何の理由もなしに、度を超えて気ままに求めることはできません。自分の欲望や 肉にしたがって不必要な事物を勝手に求めてはいけません。そうでないと、それ はむなしい祈りになってしまいます。多くの時、神がわたしたちに与えられるの は、「わたしたちが求め、また思うすべてを、はるかに超えて豊かに」です(エペ ソ3:20)。しかし、悪い求め方をすると、そのようにはなりません。 悪い求め方をするとは、あなたの度量を超えて、あなたの必要を超えて、あなた の真の欠乏を超えて求めることです。あなたに必要があれば、神に求めることが できます。あなたの必要がこれだけなら、神がそれだけ与えられるようにと求め ます。あなたの必要を超えて求めることは、悪い求め方をすることです。あなた に大きな必要があるなら、その必要にしたがって与えてくださるよう神に求めて もよいのです。必要がそんなに多くないのに多くを求めるなら、それは悪い求め 方です。あなたの度量、あなたの必要、あなたの欠乏にしたがって求めるのであ って、自分勝手にこのように、あのようにと求めるのではありません。神の御前 で悪い求め方をすることは、四歳の子供が父親に「天の月が欲しい」と言うよう なものです。神は、人の悪い求め方の祈りを聞きたくないのです。どのクリスチ ャンも自分の正当な範囲内で祈ることを学ぶべきであって、いたずらに大きな口 を開けて、実際の必要を超えて求めてはなりません。 ―――――――――――――――祈り―――――――――――――――――― 主イエスよ、わたしが自分の祈りを制限して、真に必要なことを祈るように助け てください。わたしは不注意に求めたり、あるいは悪い求め方をしたりはしたく ありません。主よ、わたしの求めることがあなたの大いなる喜びにしたがったも のとなり、むなしいものにならないように、わたしの祈りが行き過ぎてしまった 時には、わたしが内側で知ることができるよう教えてください。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第48巻「初信者を成就するメッセージ(一)」(1999年版) メッセージ第10編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されて います。