祈りがすでに答えられたと信じる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マルコ11:22 イエスは彼らに答えて言われた、「神を信じなさい。(24節)こうい うわけで、わたしはあなたがたに言う。あなたがたが祈って求めるものはすべて、 受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第1編) 祈りが答えられるための積極面の一つの条件は、信仰です。これも欠けてはなら ないことであり、それがなければ祈りに効果はありません。祈る時、信じなけれ ばなりません。すでに受けたと信じるなら、そのとおりになります。主はここで、 受けたと信じるなら、そのとおりになると言われました。「必ず受ける」と信じ るのではなく、「すでに受けた」と信じるのです。 クリスチャンはよく間違えてしまいます。この「信じる」を、「すでに受けた」 から取り外して、「そのとおりになる」の下につけてしまうのです。彼らは、 「そのとおりになると信じる」ことはとても大きな信仰であるとして、主に祈り ます。しかしこれは、信じるを「すでに受けた」から取り外して、「そのとおり になる」にくっつけたことです。聖書はここで言っていますが、わたしたちの信 仰は「すでに受けた」と信じることであって、「そのとおりになる」と信じるこ とではありません。この二つは絶対に異なっています。 信仰とは何でしょうか? 信仰とは、神があなたの祈りをすでに聞かれたという 確信であって、神がいつか祈りを聞いてくださるであろうということではありま せん。あなたがひざまずいて祈っている時、ある時点になって、「神に感謝しま す! 神はわたしの祈りを聞いてくださいました。神に感謝します! この事は もう解決しました」と言ってしまいます。これが、「すでに受けた」と信じるこ とです。 (明日へ続く) ―――――――――――――――祈り―――――――――――――――――― 主イエスよ、わたしは自分の祈りがしばしば真の信仰に欠けていることを認めま す。わたしが祈り求める時、わたしの祈りはすでに答えられており、わたしはす でに受けているということを、わたしが信じるべきであることを見させてくださ い。他の人たちもこのような信仰の祈りをすることができますように。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第48巻「初信者を成就するメッセージ(一)」(1999年版) メッセージ第10編から引用されています。