主の到来を経験する ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:27 それはあなたがたの内にいますキリストであり、栄光の望みです。 コロサイ3:4 わたしたちの命なるキリストが現される時、あなたがたも、彼と共 に栄光のうちに現されます。 2テモテ4:8 今からは、義の冠がわたしのために用意されているのです。…… わたしだけではなく、主の出現を慕ってきたすべての人にも授けてくださいます。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― もしわたしたちがキリストを生き、またキリストと一つであるなら、わたしたち は次のように言うことができるでしょう、「主イエスよ、わたしはあなたを愛し ます。わたしはあなたをわたしの命、またわたしのパースンとします。主よ、わ たしはあなたの栄光の中であなたと一つでありたいです。そして顔と顔を合わせ てあなたを見たいです。わたしは実際的な方法であなたの臨在を享受し、さらに あなたの肉体的な臨在さえをも享受したいのです。主よ、わたしはこれを待ち望 んでいます。わたしはこれを期待しています」。もしあなたが毎日毎日このよう に主と接触するなら、主の到来の時、喜ぶことになるでしょう。 しかし、仮にあなたが主に関心を持たず、主に接触もしないとします。あなたは 罪を犯さないかもしれませんし、この世に戻ってしまうこともないかもしれませ ん。しかし、あなたは絶えず自己によって生きています。あなたは主イエスを救 い主として、また主として尊びます。しかし、あなたが主をあがめたとしても、 主はあなたにとって愛らしくもなく、尊くもありません。あなたは主との親密な 交わりを持っていません。あなたは主を生きることもありませんし、主をあなた のパースンとすることもありません。あなたの日常生活での主イエスとの関わり がこのようであるとするなら、主の到来の時、あなたは興奮して、叫んで賛美す るであろうと思いますか? 決してそうではないでしょう! それどころか、あ なたは恥かしさで主から身を退いてしまうでしょう。キリストの再来があなたに とって栄光となるかどうかは、あなたが今日キリストを生きることによって天に どれだけ望みを蓄えたかにかかっています。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 主イエスよ、わたしはあなたを愛します。わたしはあなたをわたしの命、またわ たしのパースンとします。主よ、わたしはあなたの栄光の中であなたと一つであ りたいです。そして顔と顔を合わせてあなたを見たいです。わたしは実際的な方 法であなたの臨在を享受したいです。ハレルヤ、主よ、わたしはあなたの出現を 待ち望んでいます。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙」メッセージ 2から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。