あらゆる環境に打ち勝つ命 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ8:35 だれがわたしたちをキリストの愛から引き離すのですか? 患難で すか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか? (37節)しかし、これらすべての事柄において、わたしたちを愛してくださった方 を通して、わたしたちは勝ち得て余りがあります。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちを愛してくださる主は、これらすべての事柄に勝ち得て余りがありま す! これがクリスチャンの経験であるべきです。ところが、わたしたちの場合、 患難や剣がわたしたちに臨むまでもなく、だれかがわたしたちにいやな顔つきを するやいなや、わたしたちはキリストの愛を失ってしまうのです。しかしながら、 パウロはこれらすべての事柄において勝ち得て余りがあると言いました。これは、 すべてのクリスチャンにとって普通の経験であるべきです。勝利はクリスチャン の正常な経験であり、敗北は不正常な経験であるべきです。 神の定めによれば、すべてのクリスチャンは勝ち得て余りがあるべきです。患難、 苦難、迫害、飢え、裸、危険、剣に遭遇しようとも、わたしたちはただ勝利を得 るだけでなく、勝ち得て余りがあるべきです! 兄弟姉妹よ、クリスチャン生活 というのは、時には勝利を得て、時には敗北するというものではありません。午 前には勝利を得て、午後には敗北するというものでもありません。クリスチャン 生活というのは、常に勝利を得る生活です。勝利を得ないという経験だけが、ま れなものであるべきです。勝利を得ることは、普通であり、ありふれた事である べきです。 ―――――――――――――――祈り―――――――――――――――――― おお、主イエスよ、あなたの言葉は真実です。ですから、わたしをそのような勝 利の生活の経験の中へと入らせてください。わたしは、大きな事だけでなく、小 さな事でも失望してしまう者であることを告白します。主よ、わたしはあなたを 通して、これらすべての事柄において勝ち得て余りがあるようになります。アー メン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第24巻「勝利を得る命」(1997年版)メッセージ第2編か ら引用されています。