律法の下にではなく、恵みの下にいる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ6:14 罪はあなたがたを支配するはずはありません。なぜなら、あなたが たは律法の下にではなく、恵みの下にいるからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 罪がわたしたちを支配できないことは、どのようにして起こり得るでしょうか?  それは、わたしたちが律法の下にではなく、恵みの下にいる時にのみ起こり得ま す。律法の下にいるとは何でしょうか? 何度も言いましたが、律法の下にいる とは、神の要求を人が行なうことです。律法の下にいるとは、わたしたちが神の ために何かを行なうことを意味します。それでは、恵みの下にいるとは何を意味 するのでしょうか? 恵みの下にいるとは、神が人に代わって行なってくださる ことです。恵みの下にいるとは、神がわたしたちに代わって何かを行なってくだ さることです。もしわたしたちが神のために何かを行なわなければならないなら、 その結果として罪がわたしたちを支配するはずです。わたしたちの働きの報酬は、 罪がわたしたちを支配することです。もし神がわたしたちのために何かを行なっ てくださるなら、罪はわたしたちを支配することができません。律法の下では、 わたしたちが働きます。恵みの下では、神が働かれます。わたしたち自身の努力 の結果として生じるものは何であれ、勝利ではありません。勝利は、無代価で来 るものです。 もしここに、罪を犯すことに疲れ果て、罪を犯すことにうんざりし、多くの罪を 犯したためにもはやクリスチャンらしく行動できない人、もはやクリスチャンと してやっていけないと感じている人がおられるなら、あなたはただ恵みの賜物を 受け入れればよいだけであると、わたしは言います。そうすれば、あなたは直ち に勝利の人になります。勝利を得る原則は、恵みの原則であって、褒賞の原則で はありません。いったんあなたが恵みの賜物を受け入れるなら、すべての問題は 解決します。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― おお主イエスよ、わたしはクリスチャンであろうと試みては失敗することに、疲 れ果てました。わたしは、自分が律法の下にいたことを知りました。今、わたし は向きを変えて、恵みを受け入れます。主よ、あなたがわたしに代わって行なっ てください。わたしの中で勝利を得てください。わたしはあなたの即時的な勝利 を受け入れます。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第24巻「勝利を得る命」(1997年版)メッセージ第3編から 引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。