主の中で完全に満足する命 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ4:14 しかし、わたし(イエス・キリスト)が与える水を飲む者はだれでも、 決して永遠に渇くことはない。わたしが与える水は、その人の内で泉となって、 永遠の命へとわき出るのである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― この言葉は何と貴重でしょう! 今、わたしは特別なクリスチャンについて語っ ているのではありません。主から特別の恵みを受けた人だけが、永遠の命へとわ き出る水の泉を持つのではありません。主はこの言葉を、今まで会ったことのな いサマリヤの女に語られたのです。もし信じるなら、彼女は生ける水を受けるで あろうと、主は言われました。この生ける水は、その人の内で泉となって、永遠 の命へとわき出るのです。兄弟姉妹よ、何が渇いていることでしょうか? 人が 渇く時、それは満足していないことです。主が与える水を飲む者は、決して永遠 に渇くことがありません。主に感謝し、賛美します! クリスチャンは不足がな いだけでなく、永遠に満足がある人です! なぜ主は、信者はもはや再び渇くこ とがないと言われるのでしょうか? それは内側が変わったからです。彼の内側 には新しい要求と新しい満足があります。 主はわたしたちの必要すべてであると主は言われますが、わたしたちは主では十 分でないと言います。わたしたちはあれこれ必要が満たされてはじめて満足であ ると思うのですが、主はご自身だけで十分であると言われました。わたしたちが 主から受けたものが間違っているのでしょうか、それともわたしたちの経験が間 違っているのでしょうか? どちらか一方が間違っているに違いありません。主 は現金化できない小切手を書かれるはずはありません。何であれ主が約束される ものを、主は必ず与えられます。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― おお主よ、わたしを絶え間なく満足させる内側のわき出る水として、わたしはあ なたを知りたいです。わたしが他の人の物をむさぼる時、主よ、生ける泉として のあなたにわたしを転機させてください。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第24巻「勝利を得る命」(1997年版)の第2編から引用され ています。いずれも日本福音書房から出版されています。 *当方の事情により12日月曜日と13日火曜日の分の配信が遅れましたことを、お 詫び申し上げます。なお、14日水曜日の分につきましては、英文eMannaが配信さ れておりませんので、日文eMannaについても配信をお休みさせていただきます。