ヨベル!(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒26:18 彼らの目を開き、彼らを暗やみから光へ、サタンの権威から神に立 ち返らせるのである。それは、わたしにある信仰によって、彼らが罪の赦しと、 聖別された人たちの間での嗣業を受けるためである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第2編) すべてのイスラエル人には、良き地の分け前が割り当てられていました。良き地 はキリストを予表します。ですから、良き地の権利を失うことは、キリストを享 受する権利を失うことです。堕落した人類すべては、命の木である神を享受する 権利と、良き地であるキリストを享受する権利を失ってしまいました。 それだけでなく、堕落した人類すべては、自分自身を罪とこの世とサタンとに売 り渡しました。ローマ人への手紙第7章14節でパウロは自分自身のことを、「わ たしは肉であって、罪の下に売られているのです」と言いました。パウロでさえ、 罪の奴隷となっていたのです。堕落した人類すべては、キリストを享受する権利 を失い、自分自身を否定的なものに売り渡しています。しかし、ヨベルの年は、 わたしたちが束縛から解放され、キリストをわたしたちの分け前として享受する 権利を回復することができることを示します。 主イエスは務めの開始にあたり、ヨベル、すなわち主の受け入れる年を告げ知ら せました。これが示していることは、新約時代全体が実は一つの年、すなわちヨ ベルの年、エホバが堕落した人類を受け入れる年であるということです。ヨベル の宣言は、実際の福音、豊富で完全な福音です。部分的な福音が人々に告げる事 は、彼らが地獄へと定められている罪人であること、しかしイエスは彼らを愛し て、彼らに変わって十字架上で死なれたこと、そしてもし彼らがイエスを信じる なら永遠の命を持つであろう、ということです。これはヨベルの一部分にすぎま せん。ヨベルは、奴隷状態からの解放の宣言と、わたしたちの生まれながらの霊 的権利の回復の宣言です。このヨベルが、主の受け入れる年です。 (明日に続く) ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 主イエスよ、あなたがわたしのすばらしい嗣業になってくださったことを感謝し ます。わたしがあなたを自分の生まれながらの権利として十分に評価し享受する ようになるまで、今もわたしの中で働き続けてください。今日一日中、命の木で あるあなたご自身のこのような享受を持ち続けるよう、わたしに思い起こさせて ください。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(一)」(1987年版)メッセ ージ12から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。