確固としてエルサレムに向かう ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ9:51 イエスは、ご自分の上げられる日が満ちてきたので、エルサレムへ行 こうとして、御顔を真っすぐ向けられた。 18:31 イエスは十二人をわきに引き寄せて言われた、「見よ、わたしたちはエ ルサレムへ上って行く。人の子について、預言者たちを通して書かれた事はすべ て、成し遂げられる」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 人・救い主は三年以上も、卑しめられたガリラヤの地域で務めをしてこられまし た。そこは、聖なる宮と聖なる都、すなわち彼が神の永遠のご計画の達成のため に死ななければならない地から遠く離れていました。神の小羊として(ヨハネ 1:29)、主はシオンの山であるモリヤの山で神にささげられることが必要でした。 そこは、アブラハムがイサクをささげ、彼の息子の身代わりとして神の備えられ た小羊を享受した場所であり(創22:2、9-14)、またそこはエルサレムにおいて宮 が建てられた場所です。神格の三一によって決定された協議にしたがって(使 2:23)、彼がユダヤ人指導者たちに(マルコ9:31)渡されるのは、そこでなければ なりませんでした。またそこで、神の家造りらとしての彼らに退けられなければ なりませんでした(使4:11)。 彼がどんな死に方で死なれるかについての予表を成就するため(民21:8-9、ヨハ ネ3:14)、ローマ式の死刑によって十字架につけられるのも、そこであるはずで した(ヨハネ18:31-32)。さらに、過越しの小羊として(1コリント5:7)、彼は過 越しの月に殺されなければなりませんでした。ですから、彼は過越しの前にエル サレムに行かなければなりませんでした。それは彼が、神によってあらかじめ定 められた場所と時において、過越しの日にそこで死ぬためでした(ヨハネ18:28)。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(二)」(1980年版)メッセ ージ23から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。