どのように主に従うか(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ9:57 さて、彼らが道を歩いていると、ある人がイエスに言った、「あなた の行かれる所なら、どこへでも従ってまいります」。(58節)そこで、イエスは彼 に言われた、「きつねには穴があり、空の鳥にはねぐらがある。しかし、人の子 には枕する所もない」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 第9章57節から62節で人・救い主は、人々がいかに彼に従うべきかを教え示され ます。57節の人は、律法学者たちの一人でした(マタイ8:19)。律法学者というも のは、快適な生活をしているのが常でした。彼は、群衆が救い主に引き付けられ ているのを見て(マタイ8:18)、代価を考えずに、好奇心から彼に従って行こうと しました。人・救い主が彼に代価を考えさせるような答え方をされたのは、この ためでした。救い主は、群衆が彼に引き付けられていたとは言え、彼には安息の 場もないことを指摘することによって、彼に警告しました。これは、57節の人が 主に従うには、それ相当の苦難の代価を払うことになるのを示しています。 第9章58節で主は、まくらする所もないことを特に指摘されました。ここでわた したちは、救い主の人の生活は苦難の生涯であったことを見ます。誕生では、宿 屋に彼の伏す部屋がありませんでした。彼の驚くべき務めにおいても、彼には憩 うべき場所もないのと同然でした。こういうわけで、苦難は彼の人の生活の一つ のしるしです。 第9章57節と58節でわたしたちは見ますが、好奇心から主イエスに従おうとする 人たちは、彼に従う代価を知らないのです。確かに57節の律法学者は、主に従う ことが自分にどんな代価を払わせるかを知りませんでした。ですから、救い主は この人に、自分に従ってくることは多くの苦難を払わせることになると警告した のです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(二)」(1987年版)メッセ ージ23から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。