主の願いを知るために聞き入る ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ26:7 一人の女が、極めて高価な香油の石膏の壷を持って、彼の所に来て、 食卓に着いておられた彼の頭に注いだ。(12節)彼女がこの香油をわたしの体に注 ぎ出したのは、わたしの葬りのためにしてくれたことだ。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 主がベタニヤのマルタの家庭で座っておられた間、主の心にあったものを、あな たは知っているでしょうか? 主の心は、ご自分の死の上に置かれていました。 主は、ご自分が死ぬためにエルサレムに行くところであることを知っておられま した。主は、ご自身に従う人たちが彼らの働き、彼らの行なう事を捨て置いて、 十字架につけられるために主と共にいくことを欲せられました。 ルカによる福音書第9章51節、すなわちガリラヤからエルサレムの主の務めについ てのこの福音書での区分の開始は、次のように言います、「イエスはご自分の上 げられる日が満ちてきたので、エルサレムへ行こうとして、御顔を真っすぐ向け られた」。「上げられる」という句は、主の死を言っています。ここでわたした ちは、主が死ぬためにエルサレムへ行かれる日が満ちてきたことを見ます。です から、この時から以後、主の一つの考えは、主がエルサレムに行って死ぬことで した。主はエルサレムへ行こうとして御顔を真っすぐ向けられました。こういう わけで、主がエルサレムへの途上にあったとき、主の心にあった唯一の事柄はご 自分の死でした。 弟子たちは主と共にエルサレムへ向かっていたとき、だれが一番偉いのかと論議 したり、他の人たちが主のために事を行なうのを禁じたりして、忙しくしていま した。特に、兄弟たちは自分の野心のことで忙しくしていました。その反対に姉 妹たちは、仕えることで、給仕することで多忙でした。しかし、姉妹たちの間に 忙しくなかった人、すなわちマリヤがいました。彼女は静かに黙って座り、人・ 救い主の言葉に聞き入っていました。その結果、彼女は主の心にあることを知る に至りました。 マリヤは、主が死ぬためにエルサレムに行こうとしておられることを認識しまし た。マリヤは、主の死に関する主の言葉を聞きました。そして彼女はこの言葉を 受け取りました。主の死に関する主の言葉を聞き、また受け入れたので、彼女は 主が死なれる前に主に油塗る機会を求めました(マタイ26:12)。主の死について の主の言葉に対する心を持って、静かに座って主の言葉に聞き入っていた唯一の 人は、マリヤでした。彼女は主の足もとに座り、救い主の言葉、すなわち主の願 いと好みを表明した言葉に聞き入っていたのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(二)」(1987年版)メッセ ージ25から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。