神の中へと祈り込むことを学ぶ(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ11:1 さて、イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一 人が彼に言った、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈 ることを教えてください」。(2節)イエスは彼らに言われた、「あなたがたは祈 る時、こう言いなさい。『父よ、あなたの御名が聖とされますように。あなたの 王国が来ますように。(3節)わたしたちの日ごとのパンを、毎日、与えてくださ い。(4節)わたしたちが自分に負債のあるすべての者を赦したように、わたした ちの罪を赦してください。わたしたちを試みに遭わせないでください』」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) 神を受け入れ、彼の豊富を受け入れるために、わたしたちは自分自身を神の中へ と祈り込む必要があります。このことについて聞くと、ある人たちは次のように 言うかもしれません、「救われる前、わたしたちは神の中にいませんでした。し かし今、わたしたちは神の子供たちです」。確かに、わたしたちは信者として、 神の子供たちです。それにもかかわらず、わたしたちの経験では、神の中にいな いことが多いという事実を、わたしたちは認めなければなりません。わたしたち は神の中にとどまっていません。わたしたちは、神の中に居続けません。例えば、 夜寝る前、ある兄弟は妻に短気を起こします。次の朝、彼は神の外で起きます。 それでは、彼はどうすべきでしょうか? 彼は、自分自身を神の中へと祈り込む べきです。 しかし、もしその兄弟が次のように祈ったらどうでしょう、「父よ、あなたは正 しくて公平です。あなたは、わたしの妻が間違っていることをご存じです。わた しが正しいことを証明してください」。このように祈れば祈るほど、その兄弟は 神から一層遠ざかってしまうことを経験するでしょう。彼は次のように祈る必要 があります、「おお、父よ、あなたの御名が聖とされますように。あなたの王国 が来ますように。父よ、今日のパンをわたしに与えてください。わたしも妻を赦 しますから、わたしをお赦しください。父よ、わたしを再び試みに遭わせないで ください」。このように祈れば祈るほど、彼はますます自分が神の中にいること がわかるでしょう。これは、祈ることが、自分自身を神の中へと祈り込むことで あることの例証です。 わたしたちはよく神からそらされます。わたしたちは、新聞の一つの広告によっ てさえ神からそらされてしまうのです。わたしたちは容易に神からそらされてし まうのですから、わたしたちは毎朝、神と時間を過ごし、自分自身を神の中へと 祈り込むべきです。自分の欠点について、こと細かく祈る必要はありません。 「父よ、わたしをお赦しください」と言えば十分です。細かく祈る必要はありま せん。「父よ、わたしも他の人を赦しますから、わたしをお赦しください」とい う祈りは、すべてを含んでいます。このように祈れば祈るほど、神の中へと自分 自身を祈り込むことが理解できるでしょう。その時、あなたは神の中で命の供給 を受けるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(三)」(1987年版)メッセ ージ27から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。