神によって良しと認められる」 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1テサロニケ2:4 むしろ、わたしたちは神によって良しと認められ、福音を託 された者なので、人を喜ばせようとしてではなく、わたしたちの心を吟味される 神を喜ばせようとして語るのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神の委託は、神のテストによって神が良しと認めるかどうかにかかっています。 使徒たちはまず神によってテストされ、良しと認められました。そのうえで神に よって福音を託されたのでした。ですから、彼らの語りかけ、福音の宣べ伝えは、 彼ら自身から出たもの、人々を喜ばせるものではなく、神から出たもの、神を喜 ばせるものでした。神は始終、彼らの心を吟味し、調べ、テストします(詩26:2、 139:23-24)。4節の「良しと認められる」という語は、テストされるという意味 を含んでいます。神は使徒たちをテストしたうえで、彼らを良しと認められまし た。この良しと認めることに基づいて、神は彼らに福音を託されました。神はこ れを注意深く行なわれました。というのは、神はわたしたちの心を知っておられ るからです。 わたしたちの意見によれば、神はすでにすべての事を知っておられるのですから、 今さらわたしたちをテストする必要はないとします。確かに、わたしたちが生ま れる前に、神はすでにわたしたちがどのような人になるかを知っておられました。 それでは、なぜ神はわたしたちをテストされるのでしょうか? 神のテストは、 おもにご自身のためではなく、まずわたしたちのためです。神はわたしたちを知っ ておられます。しかし、わたしたちは自分自身を知りません。わたしたちは自分 自身を十分に知らないのですから、自分は真っすぐで、正直で、信実であると思 うかもしれません。しかしながら、わたしたちはテストされると、自分が実際は 何であるかを見、また自分は本来、正直でも、信実でも、信頼に値する者でもな いことを発見するでしょう。こういうわけで神のテストは、わたしたちを自分自 身に対して明らかにするでしょう。このようにして神がわたしたちを吟味された 後にはじめて、わたしたちは良しと認められるのです。 神にテストされて良しと認められるまでは、神はわたしたちに何も託すことがで きません。神の委託は、わたしたちが良しと認められることに基づきます。しか し、わたしたちは自分自身を良しと認めることはできません。神がわたしたちを テストされた後にはじめて、神はわたしたちを良しと認められるでしょう。それ から、神はわたしたちに何かを委託し、わたしたちを用い始めるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・テサロニケ人への第一の手紙(一)」 (1986年版)メッセージ12から引用されています。いずれも福音書房から出版され ています。