不義なマモンをささげることにおける賢明さ(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ16:10 最も小さいことに忠信な者は、多くのことにも忠信である。最も小 さいことに不義な者は、多くのことにも不義である。(11節)だから、不義なマモ ンに忠信でなかったなら、だれがあなたがたに真実なものを任せるだろうか?  (12節)また、他の人のものに忠信でなかったなら、だれがあなたがたに、あなた がた自身のものを与えるだろうか? (13節)どの家僕も、二人の主人に仕えるこ とはできない。なぜなら、彼は一方を憎んで他方を愛し、一方を重んじて他方を 軽んじるからである。あなたがたは、神とマモンとに仕えることはできない」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第2編) 「最も小さいこと」(10節)とは、マモン、すなわちこの時代の財産のことを言っ ています。「多くのこと」とは、次の時代における豊かな財産のことを言ってい ます。「真実なもの」(11節)とは、来るべき王国時代における真の財産のことを 言っています。神の新約エコノミーにおいては、新約の信者たちが物質的な財産 を顧慮することは神の意図ではありません。この世の物質的なものは神によって 創造され、神のものですが、それらは人の堕落によって腐敗し(ローマ8:20-21)、 邪悪な者サタンによって横奪されてしまいました(1ヨハネ5:19)。ですから、そ れらは堕落した人のものであり、また不義です(ルカ16:9)。神は、この時代の物 質的なものから、信者たちに彼らの日ごとの必要を供給し(マタイ6:31-33)、神 の執事たちである彼らにこれらの物質的なものの一部を託し、彼らに活用させ、 学ばせます。それによって神は、この時代において彼らを試すのです。この期間、 これらのものの何一つとして、次の時代における万物復興の時まで彼らのものと 考えられるべきではありません(使徒3:21)。その時に至るまで、信者たちはこの 世を受け継いだり(ローマ4:13)、いつまでも残る財産を自分自身のために持った りはしないでしょう(ヘブル10:34)。この時代では彼らは、神が自分たちに与え てくださった一時的な物質のものにおいて忠信であることを訓練すべきです。 それによって彼らは忠信さを学び、来たるべき時代における永遠の財産へと至る のです。 ここ(13節)で主が示していることは、主に仕えるには、わたしたちが主を愛して わたしたちの心を主にささげ、わたしたちが主に忠信になってわたしたちの全存 在を主にささげることが必要になります。こうして、わたしたちはマモンの占有 と横奪から解放されて、完全に、また十分に主に仕えるのです。主がここで強調 しておられることは、主に仕えるためには、わたしたちは魅力的で欺きの不義の マモンに打ち勝たなければならないということです。13節でわたしたちは、マモ ンが神と対抗し、神と競い合っているのを見ます。わたしたちの側では、わたし たちは二人の主人に仕えることはできません。わたしたちは神に仕えるか、マモ ンに仕えるかです。この問題は極めて厳粛です。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(三)」(1987年版)メッセ ージ36から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。