なだめの意味 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ3:25 神はこのキリスト・イエスを立てて、なだめの場所とされました。 それは彼の血により、信仰を通してであって、彼の義を明らかに示すためです……。 1ヨハネ2:2 彼はわたしたちの罪のためのなだめの供え物です。しかも、わた したちの罪のためだけではなく、また全世界の人々のためでもあります。 ヘブル2:17 ……それは、彼が神にかかわる事柄において、あわれみ深い、忠 信な大祭司となって、民の罪のために、なだめをなすためです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― ローマ人への手紙第3章25節は、神がキリスト・イエスを立てて、彼の血により、 信仰を通して、なだめのおおいとされた、と言っています。なだめのギリシャ語 はヒラステリオンであり、ヨハネの第一の手紙第2章2節と第4章10節のヒラスモ スやヘブル人への手紙第2章17節のヒラスコマイとは違います。ヒラスモスは、 なだめるもの、すなわちなだめの供え物です。ヨハネの第一の手紙第2章2節と第 4章10節では、主イエスはわたしたちの罪のためのなだめの供え物です。主がわ たしたちの罪のための供え物としてご自身を神にささげられたのは(ヘブル9:28)、 わたしたちの贖いのためだけでなく、神の満足のためです。わたしたちの身代わ りとしての彼の中で、彼の代理の死を通して、神は満足され、なだめられます。 ですから彼は、神とわたしたちの間のなだめです。 ヒラスコマイは、先方の要求を満たす、すなわちなだめることによって人を静め、 和解させることを意味します。ヘブル人への手紙第2章17節では、主イエスはわ たしたちの罪のためのなだめをし、わたしたちに対する神の義なる要求を満たす ことによって、わたしたちを神に和解させるのです。主イエスは、わたしたちの 罪のためになだめをされ、神の義をなだめ、神の義の要求を満たすことによって わたしたちを和解させたのです。 ローマ人への手紙第3章25節では、ヒラステリオンはなだめの場所です。ですか ら、ヘブル人への手紙第9章5節では、この言葉は、至聖所の内側の契約の箱のふ たに対して用いられています。出エジプト記第25章16節から22節とレビ記第16章 12節から16節では、七十人訳がやはりこの言葉を契約の箱のおおいに用いていま す。十戒の律法はその箱の中にあり、その義なる要求によって、神に接触するた めに来た人々の罪を暴露し、罪定めしていました。贖いの日にその上に贖いの血 を注がれた箱のふたにより、罪人の側の状態すべては完全に覆われています。で すから、このふたの上で、神の義なる律法を破った人々と神は会うことができま した。そして、その箱のふたを覆いながら神の栄光を担っているケルビムが見守っ ている下でさえ、行政的に神の義に何も矛盾することがありませんでした。キリ ストを予示しているなだめ、あるいは贖罪のいけにえは、神の義と栄光のすべて の要求を満たしました。これが、ローマ人への手紙第3章25節が言っていること です。ですから、ヒラステリオンという言葉は、主イエスこそなだめの場所、な だめのおおいであることを啓示するために用いられているのです。なだめの供え 物として、彼は十字架の上でわたしたちの罪のために完全ななだめを達成され、 また神の義と栄光の要求を完全に満たされたのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(四)」(1987年版)メッセ ージ41から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。