キリストの昇天 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ24:50 それから、イエスは彼らをベタニヤまで連れて行き、両手を挙げて、 彼らを祝福された。(51節)イエスは祝福しておられる間に、彼らを離れて天に上 げられた。(52節)彼らはイエスを礼拝し、大きな喜びをもってエルサレムに戻っ た。 ヘブル2:9 ただ、御使いたちより少し劣ったものとされたイエスが、死の苦し みのゆえに、栄光と誉れの冠を与えられたことを見ます。それは、彼が神の恵み によって、あらゆるもののために死を味わわれるためです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 人・救い主が弟子たちに語っておられた間に、彼は天へと携え上げられました。 彼は宇宙における最高点へと昇られました。弟子たちは興奮し、大きな喜びをもっ てエルサレムに戻りました。使徒行伝、諸書簡、啓示録において、キリストの昇 天の種々の面が啓示されています。キリストの昇天は、彼が栄光と誉れの冠を与 えられることでした(へブル2:9)。彼が天に昇られた時、神は彼に一つの冠を授 けられました。この冠は、彼の神聖な栄光と誉れです。 キリストはその昇天において、神の統治の御座に座られました。昇天において彼 は、御座に着かせられたのです。このことについて、へブル人への手紙第12章2 節は、キリストが今や「神の御座の右に座して」おられると言っています。人・ 救い主はその昇天において、万物の主また神のキリストとされました。これは使 徒行伝第2章36節で啓示されています、「こういうわけで、イスラエルの全家は、 確かに知っておきなさい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は主ま たキリストとされたのです」。キリストはその昇天において、教会にとって万物 のかしらともされました。エペソ人への手紙第1章22節は、神が「万物をキリス トの足の下に服従させ、そして彼を万物の上にかしらとして教会に与えられまし た」とわたしたちに告げています。 キリストはその昇天において、天的な命と神聖な豊富の天的供給を地上のすべて の信者たちに供給するため、わたしたちの大祭司とされました。これについて、 へブル人への手紙第8章1節と2節は言います、「今わたしたちが言っている事の 要点はこうです。わたしたちにはそのような大祭司がおられ、彼は天で威光ある 方の座の右に着き、聖所である真の幕屋の奉仕者となっておられます。この幕屋 は、人が張ったのではなく、主が張られたものです」。人・救い主はその昇天に おいて、冠を与えられ、御座に着かせられ、すべてのものの主また神のキリスト とされ、教会に対し万物の上にかしらとされ、天の大祭司とされ、すべての信者 たちの中に神聖な豊富の天的命と命の供給を与えています。これらが、使徒行伝、 諸書簡、啓示録の中に啓示されたキリストの昇天の主要な面です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(四)」(1988年版)メッセ ージ55から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。