助けを求めて叫ぶのではなく、神の必要を満たす ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ18:19 また、まことに、わたしはあなたがたに言う。あなたがたのうち の二人が求めるどんな事でも、地上で調和一致するなら、それは天におられるわ たしの父によって成就される。 マタイ6:9 そこであなたがたは、このように祈りなさい。天におられるわたし の父よ、あなたの御名が聖とされますように。(10節)あなたの王国が来ますよう に。あなたのみこころが天で行なわれているように、地でも行なわれますように。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神が縛ろうとされるものを、わたしたちはどのようにして縛るのでしょうか?  神が解こうとされるものを、わたしたちはどのようにして解くのでしょうか?  主の答えは、「調和一致」して求めることです。これが祈りの意味であり、これ がからだの祈りです。わたしたちが神と共に働くことの最高点は、神が達成した いことを達成するように、一つ心で求めることです。祈りの真の意味とは、祈る 者が、自分の祈り求める方のみこころを達成することを求めることです。祈りと は、わたしたちが神のみこころを求めていることの表明です。それは、わたした ちの意志が神の側に立っているということです。このような祈りがなければ、真 の祈りはありません。 今日のどれだけ多くの祈りが、神のみこころの表現でしょうか? どれだけ多く の祈りが、自分自身をわきに置いて、神のみこころの達成を求めているでしょう か? 祈りにおいて真に神と共に働いている信者が、どれだけいるでしょうか?  おお! 利己的な心が、他の事柄に劣らず祈りにおいても目立っているという ことを、わたしたちに認識させてくださいますように! わたしたち自身の要求 が、どれほど多く道に立ちふさがっていることでしょう! わたしたち自身の意 志、わたしたち自身の願い、わたしたち自身の計画、わたしたち自身の切望が、 どれほど多いことでしょう! わたしたちの考えにおける一つの大きな共通した 誤りとは、祈りがわたしたちの必要の表現であり、また神に対して助けを求める わたしたちの叫びにすぎない、と考えることです。祈りとは、神がご自身の必要 を満たすよう神に求めることであることを、わたしたちはほとんど認識していま せん。わたしたちは認識しなければなりませんが、神の意図は、信者たちが祈り を通して自分自身の意志を達成することではありません。神の意図は、信者たち の祈りを通して神ご自身のみこころを達成することです。これは、信者たちが自 分たちの必要を満たしてもらうよう神に求めるべきでないことを意味するのでは ありません。それは、信者たちがまず祈りの意義と原則を理解すべきであること を、意味するのにすぎません。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第八巻「現在の証し(一)」(1995年版) 第一号「祈りと は何か」から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。