地が天を支配する(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エゼキエル36:37 神である主はこう仰せられる。わたしはイスラエルの家の願 いを聞き入れて、次のことをしよう。わたしは、羊の群れのように人をふやそう。 (新改訳) イザヤ45:11 イスラエルの聖なる方、これを形造られた方、エホバはこう言わ れる、『わたしの子らについて、これから起こる事をわたしに求め、わたしの手 のわざについて、わたしに命ぜよ』。(原文) ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) 神には一つの目的があります。すなわち、イスラエルの家の人数を増し加え、羊 の群れのようにすることです(エゼキエル36:37)。神を認識していない人は次の ように言うでしょう、「神がイスラエルの家の人数を増し加え、羊のようになさ りたいなら、神が増し加えればよいでしょう。だれが神を阻止することができる でしょうか?」。しかし、ここに一つの言葉があります。すなわち、神はこのこ とを、彼らによって求められた後に成し遂げるということです。その原則は極め てはっきりしています。神はある事柄を決めておられますが、それを直ちに行な うことはされません。神は、イスラエル人がこれらの事を神に向かって求めては じめて、彼らに代わって成し遂げられるのです。神は、地が天を支配することを 求められます。 兄弟姉妹よ、あなたはこの言葉(イザヤ45:11)を不思議に思いませんか? 子ら について、また神の手のわざについて、わたしたちが神に命じることができると、 神は言われます。「わたしに命ぜよ」という言葉を、人はあえて言おうとしませ ん。人がどうして神に命じることができるでしょうか? 神を認識している人は、 神の御前ではみだりに言うことができないことを知っています。しかし、神ご自 身が言われます、「わたしの子らについて、……わたしに求め、わたしに手のわ ざについて、わたしに命ぜよ」。これは、地が天を支配することです。もちろん、 神が成そうとされないことを、わたしたちが神に強制して成させるのではありま せん。神が成そうとされることを、神が成さるようにとわたしたちが命じること ができるというのです。これが、わたしたちの立っている立場です。わたしたち は神のみこころを知った後、神に対して言うことができます、「神よ、わたした ちはあなたにこの事をしていただかなければなりません。わたしたちは、あなた が必ずこの事を成さるようにと求めます。神よ、あなたはこのように成さらなけ ればなりません」。わたしたちはこのように神の御前で、強力で力強い祈りをす ることができます。わたしたちは、神がわたしたちの目を開いてくださり、この 時代での神の働きがどのようなものであるかを見せてくださるように求めなけれ ばなりません。この時代では、神のすべての働きはこの立場に立って成されます。 天はある事を成そうとするかもしれません。しかし、天だけでそれを成すのでは ありません。天は、地がまずそれを行なうのを待たなければなりません。そうし てはじめて天が行ないます。地は第二の地位に立っていますが、同事にそれは第 一の地位にも立っています。地が動くのを待ってはじめて、天が動くのです。神 は、地が天を支配するのを求められます。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第22巻「召会(教会)の祈りの務め」(1996年版)のメッセ ージ第1編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。