神は進んでご自身を制限して人の自由意志にゆだねる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 創世記2:8 神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を 置かれた。(9節)神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに 良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識 の木とを生えさせた。 申命記30:19 私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。 私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選び なさい。あなたもあなたの子孫も生き(新改訳)。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― ある人は言うでしょう、「神はどうして地が天を支配することを求められるので すか?」。永遠の過去があり、永遠の未来があります。これら二つの永遠の間に あるものを時間と呼びます。神は時間の中で制限を受けられる方です。神はご自 身の成さりたいことを、自由に成すことはできません。これは、神が人を創造し たために受けられる制限です。創世記第2章を見ると、神は人を造り、人に自由 意志を与えられました。神には神のみこころがあり、人には人の意志があります。 人の意志と神のみこころとが合わない時、神は制限を受けられます。 もし地上にあるものがすべて霊のない物質であれば、神は何の制限も受けること はありません。しかし、ある日、神は人を造られました。人は、石や木材やテー ブルやいすとは違います。それらは、神がここに置けばここにあり、あそこに運 べばあそこに行きます。神の造られた人には自由意志があります。人は、「わた しは神の言われることに聞き従います」と決定して言うことができますし、ある いは「わたしは神の言われることに聞き従いません」と言うこともできます。神 は人を、ご自身の言葉に聞き従わなければならないようには造られませんでした。 神の造られた人には自由意志があり、神の言葉に聞き従うこともできますし、ま た聞き従わないこともできるのです。神がこのような自由意志のある人を造られ た後、神の力は人によって制限を受けられました。神は、ご自分がそれをしたい というだけでそれをすることはできません。神は、人が同じことを求めるかどう かを問わなければなりませんし、また人が同じことを進んで行なうかどうかを問 わなければなりません。神は人を、木材、石、テーブル、いすのように扱うわけ にはいきません。人は自由意志を持つ者であるからです。神が人を創造された日 以来、人は神の権威を遂行することができ、また神の権威を阻むこともできまし た。こういうわけでわたしたちは、この時間の中では、すなわち二つの永遠の間 にある時間の中では、神の権威は人の制限を受けると言うのです。 なぜ神はこの時間の中で進んで制限を受けられるのでしょうか? それは神が第 二の永遠の世において、一つの調和した意志を得たいからです。神は、人の自由 意志と神のみこころとが調和することを願われます。これは神の栄光です。神は、 ご自身の創造した人が、なすがままに動かされる一冊の本のようであることを願 われません。神は、人が完全にご自身に服従することを願われますが、神はまた 人に自由意志を与えられました。神の意図は、人の自由意志が神に服従すること を選択することです。これが神の栄光です! 永遠の未来では、人の自由意志は、 神の永遠のみこころと一つに結び合わされます。その時こそ、神の永遠のみここ ろが成就する時であり、人の自由意志と神の永遠のみこころとが調和する時です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第22巻「教会の祈りの務め」(1996年版)メッセージ第1 編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。