主の御名の中で祈る(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ15:7 あなたがたがわたしの中に住んでおり、わたしの言葉があなたがた の中に住んでいるなら、何でも望むものを求めなさい。そうすれば、それはあな たがたにかなえられる。 1コリント6:17 しかし、主に結合される者は主と一つ霊です。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) この言葉の中で主は、祈りの人とは主の中に住んでいる人でなければならないこ とを見せておられます。主の御前に生きることは確かに良いことです。しかし、 あなたと主が依然として二つであることが、大いにあり得るのです。すなわち、 主は主であり、あなたはあなたであるのです。あなたが主の中に生きる時はじめ て、あなたは主と一になることができます。そのとき、あなたは主に言うことが できます、「主よ、ここでわたし一人が祈っているのではありません。そうでは なく、あなたとわたし、わたしとあなたが一緒に祈っているのです。これはただ わたしがあなたの御前で祈っているのではなく、実はそれ以上に、わたしがあな たの中で祈っているのです。わたしはあなたと結合されている者、またあなたと 一になった者です。ですから、わたしはあなたの御名の中で祈ることができるの です」。 聖書は、わたしたちが主の御名の中で祈るべきであると言います。主の御名の中 で祈ることは、主の中で祈ることです。主の御名の中で祈るあなたは、主の中に います。そして主の一部分です。あなたと主は一となったのです。わたしたちは 主の御名の中で祈る事柄を説明するために、しばしば一つの例証を用いてきまし た。仮に、わたしが銀行に幾らか預金しているとします。そして小切手を切り、 その上にわたしの名をサインします。それから銀行からお金を引き出すために、 それを一人の兄弟に渡すとします。彼がそのお金を引き出す時、彼は彼自身を代 表するのではなく、わたしを代表するのです。銀行の出納係はお金を引き渡す時、 その兄弟の名によって引き渡すのではなく、わたしの名によって引き渡すのです。 その瞬間、その兄弟はわたしであるのです。わたしたちが主の御名の中で祈り、 神がわたしたちの祈りに答えられるとき、全く同様のことが言えます。こういう わけで、祈りの人であるためには、人は主の中で生きる人でなければなりません。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「祈りの学課(前篇)」(1984年版)第3章から引用されてい ます。いずれも日本福音書房から出版されています。