主の御名の中で祈る(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ14:14 あなたがたがわたしの名の中でわたしに何を求めても、わたしは それを行なう。 16:23……まことに、まことに、わたしはあなたがたに言う。あなたがたがわた しの名の中で父に求めるものは何であれ、彼はあなたがたに与えてくださる。 (24節)今までは、あなたがたはわたしの名の中で何も求めなかった。求めなさい。 そうすれば、あなたがたは受ける。それは、あなたがたの喜びが満ちあふれるた めである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) ヨハネによる福音書第14、15、16章において、主イエスは人々にご自身の御名の 中で祈るように告げられました。これらの三つの章の中で主は少なくとも六、七 回、「わたしの名の中で求めなさい」と言っておられます。これは、「わたしの 中に住んでいなさい」や「あなたがたがわたしの中におり、わたしがあなたがた の中におる」と言われたことと全く同じです。主の中で求めることは、主の御名 の中で求めることです。わたしたちが祈る時、それはわたしたちの中で主が祈っ ておられるのであり、またわたしたちが主の中で祈っているのです。主とわたし たちとは一緒に祈っているのです。というのは、わたしたちは主に結合されてお り、また主と一つになっている者たちだからです。 もしあなたがこうして主の中に住んでいるなら、主との交わりが途切れることは ないでしょう。電気の流れは、聖書で言われている交わりを例証するのに最も良 い方法です。霊の交わりは、霊の中のあふれ流れです。神の霊とわたしたちの霊、 わたしたちの霊と神の霊、すなわち二つの霊が、相互に交わりを持つことです。 正しい祈りの中では、神の霊と人の霊とが常に相互の交わり、相互の交流を持っ ているのです。二つの霊は一つの霊となりました。わたしたちが真に祈りの中へ と入り込むとき、「神よ、ここに、あなたの中に生き、霊の中であなたと交わり を持っている人がいます」と言うことができます。わたしたちが祈るときは、声 高く祈っても静かに祈っても、神の霊がわたしたちの内側で動いているという感 覚を持つに違いありません。祈っているのはわたしたちです。しかし、わたした ちの中で動いておられるのは、神の霊です。そのような人は、主との交わりを持 っている人、また祈りの人です。 ある人は、苦難がわたしたちを祈りに追いやると言います。しかし兄弟姉妹よ、 わたしは言いたいのですが、もし苦難があなたを祈りに追い込むのを待たなけれ ばならないとしたら、あなたは祈りの人ではありません。正当な祈りの人は、苦 難が来るまで祈りを待ちません。そうではなく、彼は主の中に日ごとに住むこと を学びます。そして主との絶え間ない交わりを持ちます。こうして、彼は自動的 に内側に祈りの霊を持ちます。聖霊は、人を神に懇願させる恵みを賜る霊です。 ですから、人の霊の中におられる聖霊は、必ず人に祈らせるのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「祈りの学課(前篇)」(1984年版)第3章から引用されてい ます。いずれも日本福音書房から出版されています。