日ごとのパンを求める ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ6:11 わたしたちの日ごとのパンを、今日も与えてください。(31節)こう いうわけで、「何を食べようか? 何を飲もうか? 何を着ようか?」と言って、 思い煩ってはならない。(33節)まず神の王国と神の義を求めなさい。そうすれば、 これらのものはすべて、あなたがたに加えて与えられる。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 真の神の人が神の御名、王国、みこころのために絶えず祈る時、主もこのような 人を顧みられます。もし祈りが重要であるなら、それを祈る人は必ずサタンの攻 撃を引き起こすことになります。ですから、わたしたちは食物のために祈らなけ ればなりません。食物は、人の切実な必要です。食物は大きな試みでもあります。 日ごとの食物が問題となるような状況に人が陥る時、これは非常に大きな試みで す。一面、あなたは神の御名が聖とされることを祈り、王国が来ることを祈り、 みこころが地上に行なわれることを祈ります。ところが、もう一面において、あ なたという人はまだ地上におり、日ごとの食物を必要としています。サタンはこ のことを知っています。ですから、あなたは保護のための祈りをしなければなり ません。これは、クリスチャンが自分自身の必要のためにする祈りです。彼は主 の保護を求めなければなりません。そうでなければ、あなたは一面において高い 祈りをしながら、一面において攻撃を受けるのです。ですから、わたしたちは神 に、食物を与えてくださるよう求めなければなりません。 この祈りはまた、わたしたちが日ごとに神を仰ぎ望み、日ごとに神に祈り求めな ければならないことをわたしたちに見せています。なぜなら、主はわたしたちに、 「わたしたちの日ごとのパンを、今日も与えてください」と祈るよう教えておら れるからです。これは、一週間ごとに祈り求めるのではなく、日ごとに求めるの です。わたしたちは、一週間の食物、一か月の食物を求めるのではなく、今日の 食物を求めなければなりません。神に信頼することが、ここでは何と要求されて いることでしょう! 主はここで、わたしたちの日ごとの食物を顧みないのでは ありません。主はわたしたちに、これらの必要を忘れるようにと言われるのでも ありません。そうではなく、主はわたしたちに日ごとに祈るようにと言われます。 実は、御父は、わたしたちの必要とするものをすでに知っておられます。主は、 わたしたちが自分の食物のために日ごとに神に求めることを願われます。なぜな ら、主はわたしたちに、毎日、御父を仰ぎ望むことを学ばせ、毎日、信仰を活用 することを学ばせたいからです。しばしばわたしたちは、遠い将来のことまで心 配し、遠い将来の必要のために祈ります。兄弟姉妹よ、明日のことを思い煩う必 要はありません。その日の苦労は、その日だけで十分です(マタイ6:31-34)。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第22巻「教会の祈りの務め」(1999年版)メッセージ第2 編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。