イエスの御名の中にある権威(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ピリピ2:8 人としての有り様で見いだされ、ご自身を低くして、死にまでも、 しかも十字架の死に至るまでも従順になられました。(9節)それゆえに、神もま た、彼を高く引き上げ、そして、あらゆる名にまさる名を彼に与えられました。 (10節)それは、天にあるもの、地上にあるもの、地下にあるものが、イエスの御 名の中で、すべてのひざをかがめるためであり、(11節)そしてあらゆる舌が、 「イエス・キリストは主である」と公に言い表し、父なる神の栄光となるためで す。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちが神の御前で見なければならない一つの事があります。それは主イエ スの名に関することです。主イエスの名によって救われることのできない人は、 地上に一人もいません。また主イエスの名を認識せずに神の御手の中で役立つ者 となることのできる人も、地上に一人もいません。ですから、わたしたちは主イ エスの名にどのような意義があるのかを知らなければなりません。しかし、何と 悲しむべきことでしょう! 主イエスの名は、人の会話の中であまりにも平凡な ものになってしまいました。多くの時、人はこのような言葉を繰り返し聞き、読 んだとしても、イエス・キリストの名の中にあることの意味を知らないのです。 どうか神がわたしたちを導いて、わたしたちの最も聞き慣れている主イエスの名 にどんな意義があるのかを見させてくださいますように。 これはどのような名なのでしょうか? この名は「イエスの御名」です。この名 は、彼がまだ地上におられた時にはまだ得ていなかった名です。彼が天に昇られ た後にはじめて得た名です。彼は地上におられた時、すでに「イエス」と呼ばれ ていました。彼はご自身を低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るま で従順であられました。それゆえに、神は彼を高く引き上げ、あらゆる名にまさ る名を彼に与えました。あらゆる名にまさる名とは、「イエスの御名」です。 パウロが主の名にこのような変化があったことの啓示を受けただけでなく、主イ エスご自身もヨハネによる福音書の中で、ご自身の名に大きな変化があったこと について語っておられます。「今までは、あなたがたはわたしの名の中で何も求 めなかった。求めなさい。そうすれば、あなたがたは受ける。……その日には、 あなたがたはわたしの名の中で求めるであろう」(ヨハネ16:24、26)。その日に は、わたしたちは主の名の中で求めるでしょう。主がこの言葉を語られた日には、 主はまだあらゆる名にまさる名を受けておられませんでした。その日になっては じめて、主はあらゆる名にまさる名を受けられました。その日になってはじめて、 わたしたちは彼の名の中で父に求めることができました。どうか神がわたしたち の目を開いてくださり、主の昇天の後に主の名に大きな変化があったことを見せ てくださいますように。その大きな変化を、わたしたちは頭脳を用いて理解する ことはできません。その名は、神が彼に賜った名であり、あらゆる名にまさる名 です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第22巻「教会の祈りの務め」(1996年版)メッセージ第3 編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。