全き知識と識別力における愛 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ピリピ1:9 ですから、わたしはこう祈ります。あなたがたの愛が、全き知識と あらゆる識別力において、なお一層あふれ……。 1テサロニケ3:12 そして、わたしたちがあなたがたを愛するのと同じように、 あなたがたの互いに対する愛と、すべての人に対する愛を、主が増し加え、満ち あふれさせてくださいますように。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― パウロが、彼らの愛が「全き知識とあらゆる識別力において」なお一層あふれる ようにと祈ったのは、意義深いことです。ピリピの信者たちは多くの愛を持って いました。それにもかかわらず、彼らの愛はさらに一層満ちあふれ、あふれ流れ 出る必要がありました。ただし、愚かにではなく全き知識においてであり、無知 にではなくあらゆる識別力においてであり、それは彼らが異なっている事柄を吟 味して明らかにするためでした。これは、第1章15節から18節の福音の異なる宣 べ伝えと、第3章2節から3節の異なる人々を識別することを含んでいるに違いあ りません。 パウロは、ピリピ人たちの愛が熱心や良い心の愛情において満ちあふれるように と祈ったのではありません。わたしたちがみな知っているように、愛は感情と関 係があります。しかしながらパウロは、彼らの愛が全き知識とあらゆる識別力に おいて満ちあふれるようにと祈りました。その両方とも思いに関係があります。 一般の人の経験によれば、愛は盲目です。人が自分自身を訓練して冷静な思いを 持つ時や、彼が冷静で、明せきで、知力ある時は、愛はどこかへ行ってしまうも のです。愛があることと冷静な思いを持つことは両立できないかのようです。あ る兄弟は、自分の妻を愚かに愛するか、そうでなければ彼は自分の理解力におい て明せきになり、また自分の思いにおいて冷静になって、彼女に対する愛におい て冷たくなるかのどちらかです。 パウロは、わたしたちの愛が全き知識とあらゆる識別力においてなお一層あふれ るようにと祈りました。識別力というギリシャ語は、鋭敏な知覚、道徳的判別を 意味します。識別力は、事柄を感じ取る能力です。パウロはピリピ人たちに愚か に愛してもらいたくありませんでした。その反対に、彼は彼らに、知識と識別力、 鋭敏な知覚、道徳的判別とで満ちた思いをもって愛するようにと励ましました。 パウロが第1章9節で語っている知識と識別力は、実はキリストご自身です。わた したちがキリストを経験するとき、彼はわたしたちの知識と識別力になります。 わたしたちが異なる種類の宣べ伝えを区別する識別力と知識を欠く理由は、わた したちがキリストの経験に不足しているからです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ピリピ人への手紙(一)」(1981年版)メ ッセージ2から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。