キリストがわたしたちに与えたい命はどのような命なのか? ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ6:63 命を与えるのはその霊である。 ヨハネ10:10 わたしが来たのは、羊が命を得、しかも豊かに得るためである。 1コリント15:45 ……最後のアダム(キリスト)は、命を与える霊と成ったのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― その霊が与えるこの命とは何でしょうか? わたしたちは命に多くの形があるこ とを知っています。この世には植物の命と動物の命があります。比較すれば、植 物の命は低く、動物の命は高いです。これらの二種類の命より高いのが人の命で す。これらのすべての命の形はすばらしいものです。しかし、第四の種類の命が あります。それは神の命であって、神の非受造の命、すなわち造られたものでな い命です。 神聖であるとは、神のものであること、神の性質を持っていること、他のすべて のものに超越していて、他と区別されていることを意味します。神だけが神聖で す。ですから、彼の命は神聖なのです。さらに神の命は永遠です。神の命は非受 造のものであり、初めもなく終わりもありません。わたしたちはみな、ある時、 ある日に生まれました。そしてわたしたちはみな、人の命が確実に死をもって終 わることを知っています。しかし、神の命には初めがなく、永久に続きます。神 の永遠の命は永遠に持ちこたえるばかりか、性質において何の欠点も欠陥もなく、 絶対的に完全であり、完ぺきなのです。 この永遠の命はまた破壊することができず、不変のものです。もしあなたが人の 命を墓に入れるなら、それは間もなく朽ちて腐敗するでしょう。しかし、永遠の 命を墓の中に入れるとしたら、墓は破裂してしまうでしょう。たとえこの命を否 定的な状況の中に入れても、その状況には命を押さえる力はないでしょう。神の 永遠の命は破壊することのできない命であり、地上のもの、天にあるもの、地獄 にあるどんなものも、これを滅ぼすことはできません。これが、その霊なるキリ ストがわたしたちに与える命です。それは、人が発明した宗教よりはるかに優れ たものです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 「キリストは霊であり命である」(1992年版)から引用されています。いずれも日 本福音書房から出版されています。