信仰の中で生きる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ガラテヤ2:20 わたしはキリストと共に十字架につけられました。生きているの はもはやわたしではありません。キリストがわたしの中に生きておられるのです。 そしてわたしは今、肉体の中で生きているその命を、わたしを愛し、わたしのた めにご自身を捨ててくださった御子の信仰の中で生きるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― キリストはわたしたちの中に生きておられます。今後わたしたちは神の御子を信 じる信仰によって生きます。わたしたちが日々信じるのは、神の御子がわたした ちの中に生きておられるということです。わたしたちは主に向かって言います、 「わたしは、あなたがわたしに代わって生きておられることを信じます。主よ、 わたしは、あなたがわたしの命となっておられることを信じます。わたしが信じ るのは、あなたがわたしの中に生きておられることです」。わたしたちがこのよ うに信じるなら、わたしたちはこのように生きるのです。ローマ人への手紙第7 章の基本的な学課は、わたしたちが神を喜ばせようとして善を行なうための決心 をしないということです。ローマ人への手紙第7章の基本的な教えは、決心をし たところで役には立たないのだから、今後は決心をしないということです。 サタンがわたしたちを試みる目的は、わたしたちに罪を犯させることだけでなく、 わたしたちの古い人を動かそうとすることです。ですから、試みがやってくるた びにわたしたちは、動くことを拒絶する学びをし、主に向かって次のように言う べきです、「主よ、これはわたしの事ではありません。これはあなたの事です。 主よ、わたしは、あなたがわたしに代わって生きてくださることを仰ぎ望みます」。 仰ぎ望むことを学ぶのであって、自分が動いてはなりません。わたしたちの救い は、信じることによるのであって、行為によるのではありません。同様にわたし たちの生活も、信じることによるのであって、行為によるのではありません。わ たしたちが救われた時、それは完全に主だけを仰ぎ望むことによったのです。今 日わたしたちはやはり彼を仰ぎ望むことによって生きるのです。救いが主によっ て達成され、わたしたちは何もかかわりを持たなかったのと同様に、今日わたし たちが地上で生きることの上でも、わたしたちが生きるのではなく、主が生きら れるのです。わたしたちは、わたしたちを救ってくださる主を仰ぎ望んで、「あ なたであって、わたしではありません」と言う必要があります。 人が義とされるために働き続ける限り、神の恵みはその人の上に臨みませんし、 彼の罪も赦されません。同様に、人が聖となるために自分の行為で占有され、自 分ですべての事を行なおうとしている限り、キリストの命は現されないでしょう。 わたしたちは、自分では勝利を得ることができないことを告白しなければなりま せん。ですから、わたしたちは決心をしたり、何かをしようとせずに、ただ主を 仰ぎ望んで言うのです、「主よ、わたしは、わたしの中に生きてくださる方であ るあなたを仰ぎ望みます! あなたがわたしに代わって生きてください。あなた がわたしに代わって勝利してくださるよう仰ぎ望みます! あなたがご自身の命 を現してくださるよう、わたしはあなたを仰ぎ望みます!」。あなたがこのよう に言うなら、主はそのようにしてくださいます。もしあなたがこのように信じる ことができ、仰ぎ望むことができ、依り頼むことができるなら、毎日わたしたち は、「生きているのはもはやわたしではありません。キリストがわたしの中に生 きておられるのです!」と証しすることができるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第49巻「初信者を成就するメッセージ(二)」(1999年版) メッセージ第26編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されて います。