最上のものを取るために、手を放す ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1ヨハネ2:15 世と世にあるものを愛してはいけません。だれでも世を愛するな ら、御父への愛は彼の中にありません。(16節)なぜなら、すべて世にあるもの、 すなわち肉の欲と目の欲と生活の虚栄とは、御父から出たものではなく、世から 出たものであるからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 御父の愛は、わたしたちの中に入れることのできるものでもあり、わたしたちか ら去ることのできるものでもあります。もしわたしたちがこの御父の愛をわたし たちの中に入れておくなら、わたしたちは御父を愛することができます。 多くの青年はこの世を捨てることができません。彼らは集会の中で他の人々によ って奮い立たせられる時、もはやこの世を愛さないかのように見えます。別な時 には、彼らはこの世から分離されることは全くできないかのように見えます。わ たしたちは、この世を愛する心を落とすためには、わたしたちの中にもっと良い ものを所有していなければなりません。 ある時、絵画の展覧会がありました。ほとんどの作品は、離れて見ても評価でき るものでしたが、その中の一つの絵は、その意味を理解するためには近づいて調 べる必要がありました。この特別な絵は、自分の周りにある床の上のかわいらし いおもちゃを全く気にとめない子供に関するものであり、クリスチャンの経験を うまく例証しています。その子供の注意は窓の下枠に向けられており、目を上げ て、腕を伸ばしていました。その光景は、離れて見ると当惑してしまいますが、 注意深く見ると、窓の下枠の上には美しいはとが見えます。説明文によると、そ の小さなはとを捕まえるために、子供がおもちゃをすべて床の上に落としてしま ったとあります。その絵の教訓は、人は最上のものを求める時にはじめて第二の ものを捨てるというものでした。神は、わたしたちが何かを投げ捨てることを決 して要求されません。彼は、もっと良いものをわたしたちの前に置かれるだけで す。それを得るためには、わたしたちは自然に他の多くのものを捨てるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第18巻「メッセージ記録(二)」(1996年版)メッセージ 「神を愛する」から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されてい ます。