深みを持つ必要がある ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ13:3 彼は多くの事を、彼らにたとえで語って言われた、「見よ、種をま く者が、種をまきに出かけた。(4節)彼がまいている時、ある種は道ばたに落ち た。すると、鳥が来てそれを食べ尽くしてしまった。(5節)あるものは、土の多 くない岩地に落ちた。そこは土が深くなく、すぐに芽を出した。(6節)しかし太 陽が昇ると、それは焼けて、根がないために枯れてしまった」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 詩篇第42篇7節に、「淵が淵を呼び起こし」とあります。深みからの呼び声にだ け、深みは応じることができるということです。浅薄なものは深みに触れること はできず、表面的なものは内なる部分に触れることができません。ただ深みだけ が、深みに呼応することができます。あなた自身の深みから出てくるものだけが、 他の人々の深みに影響を及ぼすのです。もしあなたが霊的な助けを他の人に与え たいなら、自分の深みから出てくるものがなければなりません。深く掘らなけれ ば、他の人を得ることはできません。わたしたちの語りかけが深みからのもので なければ、他の人の深みには触れることができません。彼らはただ感情や思考を 得て、しばらくの間、泣いたりうれしくなったり、興奮したりするのみです。深 い淵だけが深い淵に応じます。うわべだけの表現で、あなたに深みがなければ、 決して他の人の深みに触れる事はないでしょう。 種まきのたとえの中で、御言葉を伝え、また御言葉を聞くのに、一つの原則があ ることを見ます。種まきが種をまくと、ある種は道ばたに落ち、ある種は岩地に 落ち、ある種はいばらの中に落ち、ある種は良い地に落ちました。これはわたし たちに、人が御言葉を受けるのに四つの異なる方法があることを示しています。 主イエスはわたしたちに告げていますが、これらの異なる状況のうち、一つは岩 地です。表面には少ししか土がなく、地面の下は岩です。種がこのような土地に 落ちると、それはすぐに芽を出しますが、太陽が昇るやいなや、それは根がない ために枯れてしまいます。 根とはどういうものでしょうか? それは地面の下で成長するものです。葉とは どういうものでしょうか? それは地面の上で成長するものです。根とは、人の 目に触れない命です。葉とは、人の目に触れる命です。多くのクリスチャンの問 題は、人の目に触れる命が多くて、人の目に触れない命があまりにも少ないこと にあります。言いかえれば、隠された命が欠けているのです。あなたは外面の行 為を強調するかもしれません。確かに善行は大切です。しかしあなたの命には、 人の目に触れるもののほかに、隠された部分がどれだけあるでしょうか? もし あなたの霊的経験のすべてが人に知られているとすれば、それはただ上に向かっ ての成長があるだけで、根に向かっての成長はありません。あなたは根のない葉 だけの人であり、浅い地にいる人です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第7編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。