誇示せずに証しする ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒22:14 彼は言いました、『わたしたちの父祖の神は、あなたが彼のみここ ろを知り、あの義なる方を見て、彼の口から声を聞くように、あらかじめ定めら れました。(15節)それは、あなたが見聞きした事について、すべての人に対して 彼の証し人となるためです。 使徒4:20 わたしたちは自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはいきま せん。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― それでは、わたしたちは証しすべきではないのでしょうか? いいえ、証しすべ きです。パウロもしましたし、歴代の神の子たちもみな証しをしてきました。し かし、証しをすることと、自分の経験を誇示して喜ぶこととは、全く別の問題で す。何のために証しをするのでしょうか? 人の益になるからでしょうか、それ とも自分が語りたいからでしょうか? 自分自身の声を聞いて楽しむのと、人の 助けになりたいと願うのとは、全く別のことです。わたしたちが証しするのは、 そこに一つの問題があるからです。ですから、それについて語らなければなりま せん。証しは、食後の会話のようなものではありません。多くの時、うわさ話は 霊の豊かさを漏らします。わたしたちは主に導かれて、他の人を助けるために証 しをします。 兄弟姉妹よ、わたしたちの金、銀、香料、高価な油、高価な物とは何でしょうか?  わたしたちの武器とは何でしょうか? わたしたちは覚えておかなければなりま せんが、金は神に属するすべてであり、銀は十字架の贖いに関するものであり、 香料はわたしたちの傷の結果であり、高価な物は王国に関するものです。そして 武器は、わたしたちが神と主から受けた主の働きです。これらすべては、教理や 聖書の教えや神学でもありません。それは、わたしたちが主との交わりを通して 得たものです。わたしたちは神と交わり、神に聞き従い、神によって対処される 時、多くの事を知ります。この知った事柄を節度もなく話すことは、間違ってい ます。しかし、これは証しをしてはいけないというのではありません。しかし、 わたしたちが経験した多くの事柄は隠されていなければならないことを、わたし たちは認識しなければなりません。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第7編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。