二種類のささげ物(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ4:3 そこで、聖書は何と言っているのでしょうか? 「アブラハムは神 を信じた、そしてそれが彼の義と勘定された」。(4節)さて働く者に対する賃金 は、恵みとしてではなく、当然支払われるべきものとして勘定されます。(5節) しかし、働きがなくても、不敬虔な者を義とする方を信じる者は、彼の信仰が義 と勘定されるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第2編) カインとアベルのささげ物の結果は、どうであったでしょうか? 聖書は、「主 は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。だが、カインとそのささげ物に は目を留められなかった」(創4:4-5)と述べています。神はアベルとそのささげ 物を受け入れましたが、カインとそのささげ物は受け入れませんでした。その理 由は、アベルは神によって設定された救いの方法で神を喜ばせましたが、カイン は自分の肉によって神を喜ばせようとしたからです。 カインのささげ物は、たとえ人が罪を犯して堕落しても、死ぬ必要がないことを 暗示しました。もっと正確に言えば、人は自分自身の力で働くことができ、自分 の働きの努力によって神を喜ばせることができるということを暗示していました。 人は、自分が栽培している葉は自分の恥を覆うことができ、地からの産物は神を 喜ばすために、神にささげることができると考えます。カインは、自分の行ない に頼り、神の御前に来ました。彼は死を通過していませんでした。彼は、自分の 努力によって神を喜ばせることができると考えていました。しかし、神はそれに は目を留めず、それを受け入れようともされませんでした。 アベルのささげ物は、次のように言っているようでした、「ああ、わが神よ、あ なたが定められたこの皮によって、わたしは正しい人になることができました。 あなたに喜んでいただくために、皮の衣を着て、肥えたものを今おささげいたし ます。皮の衣は、わたしのためです。肥えたものは、あなたのためのものです」。 皮と肥えたものは両方とも、死の結果です。死を通してのみ、アベルは自分に着 せる皮を得ることができ、そして死を通してのみ、神にささげる肥えたものを得 ることができました。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第8編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。