それぞれの人に「ある」 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1コリント14:24 ところが、全員が預言している所へ、未信者や異言の通じな い人が入ってくると、彼はすべての者によって罪を意識させられ、すべての者に よって調べられ、(25節)その心の秘密があらわになり、こうして彼はひれ伏して、 神を礼拝し、まことに神はあなたがたの間におられると、言い表すでしょう。 (26節)それでは兄弟たちよ、どうなのですか? あなたがたがいつも集まるとき には、それぞれの人に詩があり、教えがあり、啓示があり、異言があり、解釈が あります。すべての事を、建造のために行ないなさい。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― コリント人への第一の手紙第14章は、わたしたちがどのように集まるべきかを、 わたしたちに教えています。26節のこの意味は、わたしたちが集まる時、ある人 には詩があり、ある人には教えがあり、ある人には啓示があり、ある人には異言 があり、ある人には異言の解釈がある、ということです。みんなが自分の持って いるものをもって、教会を建造します。集会で供給できるかどうかは、集会をし ている時に決まるのではなく、わたしたちが家にいる時に決まります。わたした ちが家にいる時に持っているものを、集会で持つのです。家にいる時に持ってい ないものを、集会で持つことはありません。この節の「ある」は、個人の好みや、 個人の考えや、突然起こった感情的な衝動などの結果ではありません。神の御前 で日々培う中で得たものこそ、「ある」なのです。それらは、霊の中で構成され たものです。この霊的蓄積が、「ある」なのです。わたしたちは、聖霊の導きに したがって、その「ある」を用いて教会の必要に対して供給できるのです。 こういうわけで、詩のある者は、詩を教会に供給すべきです。啓示のある者は、 啓示を教会に供給すべきです。教えのある者は、教えを教会に供給すべきです。 すべての人が、その持っているものをもって、教会の必要に対して供給するので あって、持っていないものをもってではありません。あなたが持っているものは 何であれ、それはあなたが教会に供給できるものです。例えば、あなたには歌い たい詩があるかもしれません。その詩は、あなたに来続け、あなたはそれを止め ることができません。これは、あなたの心の中に音楽があることです。一つの詩 が、あなたの心の中にあるのです。これがあなたの詩です。あなたは、集会に来 てから詩を捜し始めるのではありません。教会を建造するために、あなたに「あ る」詩を、聖霊の導きを通して、供給するのです。この二、三日の間に、あなた にとって非常に貴重になった言葉があると思います。それらは、あなたのものに なった言葉です。同様に、あなたには啓示や教えがあるかもしれません。ただあ なたが持っているものをもって、教会に供給をすればよいのです。兄弟姉妹よ、 主は最近あなたにどんなことをされましたか? どんなことを語られましたか? ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第12編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。