苦みを混ぜたぶどう酒を拒絶する ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ27:34 イエスに苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。彼はそれを なめたが、飲もうとされなかった。 マルコ15:23 彼らはイエスに没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、彼 はお受けにならなかった。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― その当時、十字架の刑は最も苦痛を伴う刑罰でした。ですから、当時の法律では、 人が十字架につけられる前に、苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませてもよいことにな っていました。苦みを混ぜたぶどう酒は、今日の外科医が用いる麻酔薬のような 良いものではありませんでしたが、当時は、痛みを和らげるのに最も良い物質だ ったのです。苦みを混ぜたぶどう酒を飲もうとされなかったということにおいて、 わたしたちの主は特別でした。他の人は十字架につけられた時、みな苦みを混ぜ たぶどう酒を飲もうとしました。主イエスだけが、十字架につけられた時、それ を飲もうとはされませんでした。人の十字架には苦しみの感覚がありました。で すから、彼らはみな、苦みを混ぜたぶどう酒によって痛みを取り除いてもらうこ とを必要としました。しかし、主イエスの十字架においては、苦みを混ぜたぶど う酒は拒絶されました。 ここでわたしたちは、主が拒んだ理由を尋ねるべきです。十字架は、人の中に苦 い感覚を生み出しました。しかし、主イエスの中にはそのような感覚は生み出さ れませんでした。人はさまざまな感覚に満ちていたので、苦みを混ぜたぶどう酒 が必要でした。しかし、ここに一人の方がおり、彼は十字架につけられた時、霊 的な面においては、苦い感覚を抱くことは全くありませんでした。ですから、彼 は苦みを混ぜたぶどう酒を必要とされませんでした。 ルカによる福音書によれば、主は十字架上で、「父よ、彼らをお赦しください。 彼らは自分が何をしているのか、わからないのですから」と祈りました(ルカ 23:34)。これが、苦みを混ぜたぶどう酒を必要としないことの意味するものです。 ここに一人の人がおり、彼は人から不当な訴えを受け、苦しめられ、むち打たれ、 辱められ、迫害され、拒絶され、裁かれ、罪に定められさえしました。彼は、人 から極みに至るまで侮辱されました。しかし、この時、彼は頭を上げて言われま した、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのか、わから ないのですから」。彼の内側には、苦い感覚は何もありませんでした。また、不 当な訴えを受けているという感覚も、迫害されているという感覚もありませんで した。ですから、彼は苦みを混ぜたぶどう酒を必要とされませんでした。内側に 苦い感覚のない人は、自分の苦痛を和らげる苦みを混ぜたぶどう酒を必要としま せん。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第17編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。