神の愛によって押し迫られて成長する ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 2コリント5:14 なぜなら、キリストの愛がわたしたちに押し迫っているからで す。そこでこう判断しました。一人の方がすべての人のために死なれたからには、 すべての人が死んだのです。(15節)そして、彼がすべてのために死なれたのは、 生きている者が、もはや自分自身にではなく、彼らのために死んで復活させられ た方に生きるためです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― これらのもの(神の地位を奪い去るもの)は、どのようにしてわたしたちから落ち ていくのでしょうか? まず神の愛が、救いを受けた人の内で働きます。神の愛 に押し迫られると、その心が神に向きます。すると聖霊は、人の内側で働き、作 用する機会を持ちます。このようにすると、たちまち彼は光に照らされ、何かを 見ることができます。見るやいなや、聖霊はみわざを強めます。もし彼がすぐに 聖霊に服従するなら、落ちるものがあるようになります。ある日、神の愛があな たに不思議なほどに押し迫る時、あなたの心は神に向かい、「神よ、わたしはあ なたを愛します」と言うでしょう。その時、あなたは聖霊の光で照らされます。 聖霊で照らされると、何かが見えるようになります。あなたが見れば、聖霊はそ の働きを強化します。するとあなたはすぐに服従して、「アーメン」と言います。 このように服従する時、あなたの上から何か落ちるものがあるのです。落ちたそ の分だけが、霊の進歩となります。主イエスは弟子に対して、「そのように、あ なたがたはだれでも、自分の財産をすべて放棄しないなら、わたしの弟子になる ことはできない」と言われました(ルカ14:33)。 ある人たちはすべてのものを放棄しますが、間もなくそれらをまた拾い上げてし まいます。主イエスの言われる放棄とは、あなたの中に住んでいる霊が、あなた を導いて放棄させることです。十字架の働きとは、聖霊がわたしたちの内で執行 することです。聖霊が十字架の働きを執行してはじめて、わたしたちは放棄する ことができます。それでは、聖霊はどのように十字架の働きを執行するのでしょ うか? ただわたしたちが神に向かって心を開きさえすれば、聖霊は十字架の働 きをわたしたちの中で執行します。主イエスは十字架上で、わたしたちのために すでにいっさいを取り去ってくださいました。聖霊がこの取り去る働きを執行す るのは、わたしたちの心がどれほど神に向かっているかにかかっています。 霊の進歩は、積極面では、神の要素が増し加わることであり、消極面では、神の 地位を強奪しているものが減少していくことです。どれほど減少するかは、わた したちの心がどれほど神に向かっているかによります。わたしたちから日々取り 除かれるものがありますように。それは日々死ぬことです。いつであれわたした ちから落ちるものがない時、わたしたちの進歩も止まってしまっています。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1999年版)メッセー ジ第23編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。