神の知恵を信じる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1ペテロ1:6 今しばらくの間、あなたがたは、さまざまな試練によって悲しま なければならないかもしれませんが、その時には歓喜します。(7節)あなたがた の信仰が試されることは、朽ちる金が火によって試されることよりもはるかに尊 いのであって、イエス・キリストの出現の時に、賛美と栄光と誉れとなって現れ る のです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちは神の愛を信じるだけでなく、神の知恵も信じるべきです。神はわた したちを愛しておられ、また神はすべての事を知っておられます。神の愛は決し て変わることなく、神の知恵は決して間違うことがありません。わたしたちの身 に臨むもので益にならないものは、何一つありません。神の力は、わたしたちが 経過する必要のあるすべての事を通らせ、この力によってわたしたちに望むすべ ての重荷を負わせます。ですから、わたしたちは主の御前で次のように言うこと ができます、「主に感謝します。主を賛美します。なぜなら、主のみこころには 決して間違いがないからです」。恵みのゆえに神を賛美することは、初期の賛美 です。神のみこころのゆえに神を賛美することは、円熟の賛美です。初期の賛美 は、わたしたちが持っているもののゆえに神を賛美します。円熟の賛美は、わた したちが失うことのゆえに神を賛美します。兄弟姉妹よ、わたしたちは安息する ことができます。わたしたちは歓喜することができます。なぜなら、万事におい て、わたしたちは神の愛と神の知恵と神の力を見るからです。 「荒野の泉」という書物(10月24日)の中に次のような箇所があります、「五元の 鉄を鋳造して蹄鉄にすると、十元になります。もしそれを細い針にすると、その 価値は三百五十元になります。そして鋭利なかみそりにすれば、三万二千元にな り、さらに時計のスプリングにすると、二十五万元の価値になります」。一塊の 鉄が十元、三百五十元、三万二千元、二十五万元の価値になるのは、どこで違っ てくるのでしょうか? 同じ材料ですが、多くのテストを経過し、多く打たれた 後、それはさらに強度を増し、しかも柔軟になり、いっそう価値あるものとなり ます。わたしたちをさらに価値ある存在とするために、神はわたしたちに多くの 試みと打撃を通過させます。主の御前で有用で価値ある器となるために、神はわ たしたちの身に種々の事柄が臨むのを許されますが、それを嘆き悲しんではなり ません。反対に、歓喜し安息すべきです。わたしたちは主に言うべきです、「父よ、 感謝します。あなたがわたしの身に臨むのを許された事柄は、すべて良いです」。 もし神のみこころに服従するなら、わたしたちの心は安息を見いだし、喜びで満 ちるでしょう。わたしたちの口は賛美に満ち、わたしたちの重荷はもはや重荷で はなくなるでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第32編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。