語ることの意義を軽く見てはならない ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ1:18 あなたがたの心の目が照らされ、神の召しの望みがどんなもので あるかを、あなたがたが知るように。……(19節)また神の力強い大能の活動にし たがって、信じるわたしたちに働く彼の力が、どんなに超越して偉大であるかを 知るように。(20節)神は、その力強い大能をキリストの内に働かせて、彼を死人 の中から復活させ、彼を天上でご自身の右に座らせ。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― キリストを死人の中から復活させたこの力がわたしたちに伝達されることを見た なら、自分は弱いとまだ言うでしょうか? わたしたちの言う事は、わたしたちの 信じている事です。もしあなたが自分は弱いと言うなら、それはあなたが自分は 弱いと信じていることを意味します。あなたが語ることの意義を軽く見てはいけ ません。神が語られることは何であれ、そのとおりになります。原則において、 それはわたしたちについても同じです。信仰を持つとは、神が語られる事を語る ことです。神が「あなたは救われている」と言われる時、わたしたちは「アーメ ン!」と言うべきです。このように応答する者はだれでも救われます。同じよう に、神が「神聖な力はあなたのものである」と言われるなら、わたしたちは「アー メン!」と言う必要があります。すると、この力はわたしたちのものになります。 もしわたしたちがこの力を持っていると言わないのであれば、わたしたちは御父 の言葉に反逆しているのです。わたしたちの御父は偽ることができません。彼が 言われることは何であれ真理です。ですから、わたしたちは彼の言葉を取って、 それを信じなければなりません。あなたの感覚、あなたの状態、あなたの状況を 忘れなさい。ある困難な状況を足の下にすることができないと言ってはなりませ ん。真理は、わたしたちが万物の上にはるかに高くあり、神聖な力は万物を、あ らゆる困難な状況を含めて、わたしたちの足の下に服従させたということです。 あなたの環境によって途方にくれてはなりません。あなたの状況を信じてはなり ません。あらゆることを忘れて、ただ言葉を取り、言葉を信じ、言葉を宣言しな さい。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(一)」(2001年版) メッセージ第16編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されて います。