一人の新しい人 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ2:14 なぜなら、彼ご自身は、わたしたちの平和であって、両者を一つに し、そして敵意である隔ての中垣を取り壊し、(15節)数々の規定から成っている 戒めの律法を、彼の肉体の中で廃棄されたからです。それは、彼がご自身の中で、 二つのものを一人の新しい人へと創造して、平和をつくるためであり。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 大部分の信者たちは、教会が「エクレシア」(ギリシャ語)、神の召された人々の 集合、会衆であることを認識しています。ブラザレンは教会のこの面を強調し、 ギリシャ語の「エクレシア」という言葉を、「会衆」(assembly)と翻訳すること さえしました。それは正確な訳です。教会の幾らか進歩した概念は、神の家庭、 あるいは家族であるというものです。教会についてのさらに高い理解は、教会が キリストのからだであるのを見ることです。教会についての最高の理解は、教会 が一人の新しい人であるということです。教会のこれら四つの概念は、教育制度 の四つの水準、すなわち幼稚園、小学校、高校、大学のようなものです。わたし たちは、教会は会衆であるという幼稚園の水準から、一人の新しい人であるとい う大学の水準にまで進む必要があります。 会衆、集まりにおけるクリスチャンの間の関係は、あまり親密ではありません。 家庭、家族の中では、さらに近く親密です。しかしながら、わたしたちは神の家 族の者であるだけでなく、キリストのからだの肢体でもあります。ここでの肢体 の関係はさらに親密です。会衆の中の人たちや家族の者は、互いに分離すること ができますが、からだの肢体は切断されない限り、からだから分離することはで きません。からだがどこへ行っても、肢体も行かなければなりません。彼らには 選択がありません。しかしながら、一人の新しい人の中では、交わりはからだの 中よりさらに親密です。新しい人は団体的で宇宙的です。多くの信者たちがいま すが、宇宙にはただ一人の新しい人がいます。すべての信者たちは、この一人の 団体的で宇宙的な新しい人の構成要素です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(一)」(2001年 版)メッセージ第24編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。