人種と階級の区別の問題を解決する ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ2:14 なぜなら、彼ご自身は、わたしたちの平和であって、両者(ユダヤ 人と異邦人)を一つにし、そして敵意である隔ての中垣を取り壊し、(15節)数々 の規定から成っている戒めの律法を、彼の肉体の中で廃棄されたからです。それ は、彼がご自身の中で、二つのものを一人の新しい人へと創造して、平和をつく るためであり。 コロサイ3:10 新しい人を着たのです。その新しい人は、それを創造された方の かたちにしたがって全き知識へと至るように、新しくされつつあるのです。 (11節)その新しい人には、ギリシャ人とユダヤ人、割礼と無割礼、未開人、スク テヤ人、奴隷、自由人はあり得ません。キリストがすべてであり、すべての中に おられるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 新しい人の中では、ギリシャ人とユダヤ人、未開人とスクテヤ人、奴隷と自由人 が存在する可能性はありません。なぜなら、これらの人たちの間にあった以前の 生活様式は、脱ぎ捨てられたからです。 パウロがコロサイ人に手紙を書いた時、地中海一帯のほとんどあらゆる都市にユ ダヤ人がいました。ある町でユダヤ人とギリシャ人が救われた時、彼らはその地 方に在る教会として共に集まって来ました。多くの地方にはユダヤ人とギリシャ 人だけでなく、未開人(北欧人)とスクテヤ人(ある聖書教師たちが信じるところ によれば、彼らは最も文化的でない未開の人たちでした)がいたに違いありませ ん。ですから、幾つかの都市では、教会が文化的なギリシャ人、宗教的なユダヤ 人、未開人、未開のスクテヤ人を含んでいる可能性がありました。さらに、奴隷 に売られた人たち、奴隷を所有する主人もいました。 もしこれらのさまざまな人たちがみな主の食卓(教会の集会)に集まったなら、何 が起こったでしょうか? 彼らは教会生活を持つために、以前の生活様式に具体 化されている古い人を脱ぎ捨てなければなりませんでした。ギリシャ人は彼らの 哲学を、ユダヤ人は彼らの宗教儀式と食事の規定を、スクテヤ人は彼らの野蛮な 生活を、主人は奴隷に対する彼らの態度を、奴隷は彼らに特有な生活様式を、脱 ぎ捨てなければなりませんでした。教会生活の中では、そのような区別には何の 余地もありません。ユダヤ人と異邦人、未開人とスクテヤ人、奴隷と自由人はあ り得ません。教会生活の中では、キリストに余地があるのみです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(一)」(2001年 版)メッセージ第25編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。