キリストはわたしたちの違いを消滅させ、一人の新しい人を造られた ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ2:15 数々の規定から成っている戒めの律法を、彼の肉体の中で廃棄され たからです。それは、彼がご自身の中で、二つのもの(国民)を一人の新しい人へ と創造して、平和をつくるためであり……。 4:22 あなたがたは、以前の生活様式にある、あの欺きの情欲によって腐敗して いる古い人を、脱ぎ捨ててしまいました。……(24節)新しい人を着たのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― バベルの後(創世記第11章)、人々の間に違いが生じ始めました。しかし、キリス トは十字架上でこれらすべての違いを消滅させ、一人の新しい人を生み出されま した。ユダヤ人の規定を除けば、すべての生活様式はバベルの遺産です。わたし たちはこの遺産をどうするべきでしょうか? わたしたちはそれを葬るべきです。 これは、わたしたちが以前の生活様式を脱ぎ捨てなければならないことを意味し ます。あなたの生活様式を正当化したり、誇ったりしてはなりません。問題は、 どの生活様式が正しく、どれが間違っているかではありません。あらゆる生活方 法は規定を含んでおり、脱ぎ捨てられなければなりません。国家にしたがって形 成されたいわゆる教会を見ることは、何と嘆かわしいことでしょう! 例えば、 サンフランシスコには中華長老教会があります。あらゆる国家には、いわゆる教 会があるかのようです。共に集まって真の教会生活を実行する時、わたしたちは みな国の遺産を脱ぎ捨て、それを忘れなければなりません。 この世の人は、文化の違いを威信のしるしと考えます。しかしキリストの中で、 わたしたちはみなこの威信を失いました。今やわたしたちの唯一の威信は、キリ ストであり、真の一です。わたしたちはみな自分を訓練して、他の人たちと共に 前進する必要があります。ある実行が偶像礼拝や不道徳を含まない限り、それに は何の間違いもありません。あなたの威信を保持してはなりません。わたしたち が自分の文化的な誇りを喜んで放棄するなら、主が正常な教会生活(すなわち、 一人の新しい人)を持たれることが可能になります。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(一)」(2001年 版)メッセージ第23編、第25編から引用されています。いずれも日本福音書房か ら出版されています。