主の御前での正しい態度 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ10:38 さて一行が進んで行った時、イエスはある村に入られた。するとマ ルタという女が、彼を家に迎え入れた。(39節)彼女にはマリヤという妹がいたが、 マリヤは主の足もとに座って主の言に聞き入っていた。 ヨハネ6:63 命を与えるのはその霊である。肉は何の役にも立たない。わたしが あなたがたに語った言葉は霊であり、命である。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― マリヤは正しい態度を持っていました。正しい態度に関して少なくても四つの点 があります。(1)彼女は主イエスの足もとにいました。他の人の足もとではあり ません。彼女はそこで主と親しんでいました。これが、命が成長する最も短くて 最も速い道です。時々刻々、主と親しみ、主を愛し、主を礼拝し、絶え間なく彼 と交わり、彼の臨在の中にとどまること、これより良い方法はありません。最も 深く神を認識している人たちは、この道を探し出した人です。ガイオン夫人は、 「神と親しむことはすべての奉仕を含んでいる」と言いました。パウロも、「絶 えず祈りなさい」とわたしたちに命じました(1テサロニケ5:17)。もし人が顔お おいなしに、自分の内側に住んでおられるキリストと絶え間なく交わるのであれ ば、その結果、主と同じかたちへと変えられていきます(2コリント3:18)。 (2)彼女は主の足もとに座っていました。この意味は、彼女がとてもへりくだっ た地位にいたということです。へりくだりは神の祝福を得る一番大切な態度です。 なぜなら、神は高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みを与えるからです(1ペテ ロ5:5)。へりくだるとは、自分を見下げることではありません。へりくだるとは、 自分を見ないこと、あるいは自己がないこと、自分を無に等しいと考えることで す。もしわたしたちが常に深いへりくだりの中で神と親しむなら、神は必ず恵み を与えられます。(3)彼女は座っていました。彼女は姉のように忙しくしていま せんでした。多くの時、静かにしていることは、霊的な力の源です。人の最大の 問題点は、主の御前で静かにしていられないことです。目と思いは、常に外側の この世に引かれています。わたしたちが知っているように、体の肢体の中で最も 忙しいのは目です。魂の機能の中で最も忙しいのは思いです。忙しくして心を取 り乱している者が啓示を得るのは、容易ではありません。 (4)彼女はそこで御言葉に聞き入っていました。主の語られる言葉は霊であり、 また命です。主は言葉を通して、人にご自身を分与されます。彼女が御言葉に聞 き入っていたのは、主に機会を与えることであり、このことによって彼女は主ご 自身の分与を受け、主を得て、主に似る者となります。彼女はそこでずっと主ご 自身を受け入れる人となっていました。彼女は声を聞いていただけではありませ んでした。彼女は主と出会っていたのです。兄弟姉妹よ、もしあなたがメッセー ジを聞いている時に、ただ人の声を聞いているだけで、その声の背後におられる キリストに出会わないのであれば、それは本当に残念なことです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第38巻「一般的なメッセージ(二)」(1998年版)メッセー ジ第39編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。