宗教ではなく、パースンである ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ5:39 あなたがたは聖書を調べている。……しかし聖書は、わたし(イエ ス・キリスト)について証しをするのである。 コロサイ1:27 ……異邦人の間にあるこの奥義の栄光の豊富……それはあなたが たの内にいますキリストであり、栄光の望みです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神のエコノミー(ご計画)は、宗教ではなく、すばらしい、無限の、無尽蔵の、計 り知れない、すべてを含むパースン、キリスト・イエスご自身です。キリストは 神の具体化であり、教会の内容です。このキリストはわたしたちの命またパース ンとなるべきです。 多くのクリスチャンは、キリストよりも聖書により多くの注意を払います。これ は、聖書でさえ人々をキリストからそらすのに利用され得ることを示します。確 かに、わたしたちは聖書を極みまで信じ、尊び、敬います。しかしわたしたちは、 聖書はキリストの生けるパースンの啓示であることを認めます。もしわたしたち が聖書に啓示されているキリストに注意を払わないのなら、聖書の主要な機能を 無視することになります。その主要な機能とは、このキリストをわたしたちに啓 示することです。何とわたしたちはキリストご自身へと完全に回復される必要が あることでしょう! わたしたちは、天の客観的なキリストだけでなく、わたしたちの霊の中の主観的 なキリストへと回復される必要があります。この主観的な方は、ご自身をわたし たちの心の中に拡大することを求めておられます。キリストは客観的にわたした ちの救い主であるだけでなく、主観的にわたしたちの命またパースンです。わた したちはそのような主観的なキリストに完全な注意を注ぐ必要があります。ガラ テヤ人への手紙第2章20節でパウロは、「生きているのはもはやわたしではあり ません。キリストがわたしの中に生きておられるのです」と言うことができまし た。ここでパウロは、キリストの生活、キリストの働き、キリストの力について 語ったのではありません。彼は自分の中に生きておられるキリストご自身につい て語ったのです。ハレルヤ、キリストのパースンは、わたしたちの中に生きてお られます! ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(三)」(2001年 版)メッセージ第56編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。