教会はどのようにして栄光の教会になるのか ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ5:27 またそれは、しみやしわや、そのようなものが何もなく、聖くて傷 のない栄光の教会を、彼がご自身にささげるためです。 コロサイ1:27 ……それはあなたがたの内にいますキリストであり、栄光の望み です。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちは、キリストがどのようにして教会を栄光の教会としてご自身にささ げられるかを考える必要があります。わたしは若かったころ、キリストはただ天 におられ、教会は地上にあると考えていました。この観念によれば、キリストは はるか遠く天におられ、わたしたちは地上で彼にささげられる準備をしているの です。しかしながら、わたしはその後、これは天然の観念であって、キリストを あまりにも客観的にしていることを認識しました。神はエコノミーの中で、キリ ストをわたしたちの中に造り込んでおられます。最終的に、キリストは栄光の教 会をご自身にささげられます。それは、ただ客観的な方法で来ることによってで はなく、わたしたちの内側で拡大することによって、またわたしたちから出て来 ることによってです。 宗教的な観念に反して、わたしたちの栄光化は突然の出来事ではありません。そ うではなく、それは、キリストがわたしたちの内側で拡大し、ご自身をもってわ たしたちに浸透する時、徐々に起こるでしょう。キリストは少しずつ「わたした ちを食べ尽くす」時、わたしたちを栄光化されます。わたしたちはみな、内側の 栄光であるキリストによって食べられ、食べ尽くされ、飲み尽くされる必要があ ります。わたしたちは内側でキリストを、わたしたちの命またパースンとして持 っているだけでなく、神の栄光そのものとしても持っています。 わたしたちは、醜い毛虫が美しい蝶へと変態することを、栄光化の例証として用 いることができます。毛虫は、その上に突然下ってきてそれを包む美しさによっ て、一瞬にして蝶へと変貌するのではありません。そうではありません。蝶の美 しさは毛虫の命の内側に隠されています。この命の法則が毛虫の内側で機能する 時、毛虫は次第に蝶へと変貌します。この過程が起こる時、蝶の美しさが毛虫の 醜さを飲み尽くすのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(三)」(2001年 版)メッセージ第57編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。