ザアカイのダイナミックな救い ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ19:1 それからイエスはエリコに入り、通っておられた。(2節)すると見よ、 ザアカイという名の人がいた。彼は取税人のかしらであり、金持ちであった。 (3節)彼はイエスがどんな方かを見ようとしていたが、背が低かったので、群衆 のために見ることができなかった。(4節)そこで、イエスを見るために、彼は前 のほうへ走って行き、いちじくの桑の木に上った。イエスがそこを通り過ぎよう としておられたからである。(5節)イエスはその場所に来ると、上を見上げて彼 に言われた、「ザアカイよ、急いで下りて来なさい。今日わたしは、あなたの家 に泊まらなければならないからである」。(6節)彼は急いで下りて来て、大喜び でイエスを迎えた。(7節)人々はそれを見ると、みなつぶやいて、「彼は罪深い 人の所に行って、宿を取った」と言った。(8節)ザアカイは立って主に言った、 「主よ、ご覧ください。わたしは財産の半分を、貧しい人たちに施します。また だれかから偽りの取り立てによって何かを取っていたなら、四倍にして返します」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 取税人のかしらとして、ザアカイは罪人のかしら、主要な罪人でした。彼が金持 ちになったのは、取税人としての彼の罪深さによってでした。ザアカイは自分の 弁償と過去の一掃について、主に対する告白の中で次のように言いました、 「……またもしわたしがだれかから偽りの取り立て書によって何かを取ったとし たら、わたしは四倍にして返します」(8節)。「もし何かを取ったとしたら」と いう語を、ゆすり取ることの遠回しな、穏やかな言い方と見なしてもよいでしょ う。取税人たちは財産や収入に比較的高い評価をしたり、支払い得ない者に税金 を増やしたり、結局、高利貸しのようなことをしました。これが、他の人々から ゆすり取る彼らの方法でした。ザアカイが、取り立てた額を四倍にして弁償する ことは、非常に正直でした。罪深くあることによって金持ちになった人であるザ アカイは、今や自分の罪深い過去を一掃するために完全な弁償をしようとしまし た。 ザアカイは確かに孤独な人でした。彼はユダヤ人社会によって極度に卑しめられ、 らい病人以上に孤独でした。それにもかかわらず、大群衆の前で救い主はザアカ イに告げました、「今日わたしは、あなたの家に泊まらなければならないからで ある」。ザアカイにとって、またすべての群衆にとって、それは何という驚きだっ たことでしょう! エリコの町全体はそれによって揺さぶられたに違いありませ ん。7節は言います、「人々はそれを見ると、みなつぶやいて、『彼は罪深い人 の所に行って、宿を取った』と言った」。 1節から7節において、主がザアカイに多く言われたとは告げていません。しかし ながら、ザアカイは救い主を自分の主と認め、極めて力強く応答しました。「主 よ、ご覧ください。わたしは財産の半分を、貧しい人たちに施します」(8節)。 ザアカイは、物質的財産(からの解放)に関する人・救い主の教えを聞いていなか ったとしても、そのような言葉を口にすることができたのです。これは、主の救 いのダイナミックな力の自動的な結果でした。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカによる福音書(四)」(1988年版)の メッセージ43から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。