主の復活を信じる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒1:22 すなわちヨハネのバプテスマに始まり、主がわたしたちを離れて上げ られた日まで、共にいた人たちの一人が、わたしたちと共にイエスの復活の証し 人となるべきです。 ローマ10:9 すなわち、あなたが自分の口で、イエスは主であると告白し、自分 の心で、神は彼を死人の中から復活させたと信じるなら、あなたは救われます。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 救われることはキリストの死を根拠としていますが、なぜ聖書はわたしたちに、 単にキリストの死を信じるだけでなく、キリストの復活をも信じるようにと言う のでしょうか? 使徒たちはイエスの復活の証し人たちでした。使徒行伝は、主イエスの復活を証 しする言葉で満ちています。死は一つの過程にすぎません。復活こそ完成です。 ですから、聖書で主の死が語られる時はいつも、主の復活も述べられます。主ご 自身はしばしば弟子たちに、自分は殺されるが、死で終わるのではなく、必ず三 日目に復活すると告げられました。復活は死の結論です。復活してはじめて、死 の働きは完成されます。主イエスはわたしたちの罪のために十字架上で死なれま した。主イエスが達成したものを神が受け入れたことを、どのようにしてわたし たちは知ることができるのでしょうか? わたしたちは、主イエスが死から復活 されたことによって知るのです。例えば、一人の犯罪者が、ある期間の禁固刑に 服しているとします。彼の刑が終わったことを、わたしたちはどのようにして知 るのでしょうか? 彼が獄から釈放されることによって、わたしたちは知るので す。ですから、復活は死を終結させます。死がなければ、復活はありません。復 活をもって、死は過ぎ去るのです。「その方を死人の中から復活させることによ って、すべての人に確証を与えられたからです」(使徒17:31)。 単に主イエスの死を信じるだけでは、救われません。救われるには、主イエスが 死から復活させられたことを必ず信じなければなりません。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第20巻「福音真理問答」(1996年版)メッセージ第20編か ら引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。