神の律法を満たす道 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ8:4 それは律法の義の要求が、肉にしたがってではなく、霊にしたがっ て歩くわたしたちにおいて、満たされるためです。(6節)肉に付けた思いは死で すが、霊に付けた思いは命と平安です。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 霊に付けられた思いは命と平安です。そのような思いは享受と安息に満ちていま す。平安は安息のため、命は享受のためです。思いが霊に付けられる時、敗北、 罪定め、否定的な感覚(これらは死の事柄です)はありません。ただ命と平安、享 受と安息だけがあります。思いは、それ自身では神の律法を守ることはできませ んが、霊に付けられることによって、命と平安の思いとなることができます。 これは理論ではありません。それは実際に役に立ちます。事実、わたしたちが自 分でそれを行なう必要さえありません。なぜなら、律法はわたしたちにおいて自 然に、無意識的に満たされるからです。たとえわたしたちに律法を満たそうとす る意図がなくても、それが満たされていることを、わたしたちは見いだします。 あなたに妻を愛する意図がなくても、あなたは無意識的に彼女を愛しています。 あなたは夫に服従することに気づいていなくても、知らずに全く服従しているの です。これは、思いを霊に付けることによって律法の要求を自然に、自動的に満 たすことです。 キリストは今やわたしたちの命、またすべてとして、わたしたちの霊に内住して おられますから、わたしたちはもはや自分の独立した思いにしたがって、自分で 行動すべきではありません。わたしたちは思いを霊と一つに保ち、霊にしたがっ て行動し、歩き、存在しなければなりません。それは、わたしたちが神の律法の 義の要求を自然に満たすことができるためです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・ローマ人への手紙(一)」(1997年 版)メッセージ第15編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。