人は器である ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ9:21 それとも陶器師は土くれに対して、同じかたまりから一つを尊い器 に、もう一つを卑しい器に、造る権威を持っていないのですか? (23節)しかも、 栄光へとあらかじめ用意しておられたあわれみの器に、彼の栄光の豊富を知らせ ようとされたとすれば、どうなのですか? 2コリント4:7 しかし、わたしたちはこの宝を土の器の中に持っています……。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― ローマ人への手紙第9章21節は、神が人を創造された目的を表します。この節は、 人の創造における神の目的の啓示においては唯一のものです。この節がなければ、 神が人を創造された目的は、人を器として神を入れることであったことを、わた したちが認識するのは難しかったでしょう。わたしたちはみな、自分が神の容器 であり、神がわたしたちの内容であることを、徹底的に理解しなければなりませ ん。わたしたちは土の器であり、神は宝、内容です。 神の選びには目的があります。それは、神を内容とし、神を永遠に表現する多く の器を持つことです。神がわたしたちを創造されたのは、わたしたちが彼を内に 取り入れ、彼をわたしたちの命また命の供給として内に入れることができるため です。その目的は、わたしたちが彼と一になって、彼が何であるかを表現し、彼 がわたしたちの中で、またわたしたちと共に、栄光を受けられるということです。 これが神の選びの永遠の目標です。それはまたわたしたちの永遠の運命でもあり ます。 御言のこの部分はまた、神にとってわたしたちが有用であることの頂点を明らか にします。それは、しもべ、祭司、王としてではなく、神を内容とし彼を表現す る器として神に用いられることです。わたしたちが神の器として用いられるなら、 確かに彼はわたしたちと一にならなければなりません。わたしたちは彼の容器、 彼の表現です。彼はわたしたちの内容、命です。彼がわたしたちの中に生きられ るのは、わたしたちが彼によって生きるためです。彼とわたしたち、わたしたち と彼は、最終的に命と性質の両方において一となります。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・ローマ人への手紙(一)」(1997年 版)メッセージ第22編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。