神の義は十字架上で現される ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― へブル1:9 あなたは義を愛し、不法を憎まれます……。 1ペテロ1:18 あなたがたが知っているように……むなしい生活様式から贖われ たのは、銀や金などの朽ちるものによるのではなく、(19節)傷もしみもない小羊 の血のような、キリストの尊い血によるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 十字架は、神の義が現される場所です。十字架は、神がどれほど罪を憎んでおら れるかをわたしたちに示します。神は罪を裁くことを決心されました。彼は進ん で、彼の御子を十字架につけるという大きな代価を払われました。神はご自身の 義を放棄しようとはされませんでした。もし神がご自身の義を放棄されたのでし たら、十字架は必要なかったでしょう。神はご自身の義を放棄しようとされなか ったので、御子を死に渡し、彼の義を保たれたのです。 十字架は、神の愛が現される場所でもあります。わたしたちの罪の重荷は、わた したちの上にあるべきです。もしわたしたちがそれを担わないのでしたら、それ は不義です。しかし、そのような重荷を担うことは、わたしたちにとってあまり にも重すぎます。ですから、神が来て、それを担ってくださったのです。神が進 んでその重荷を担おうとされたことは、彼の愛を示します。神が実際にその重荷 を担ってくださったことは、彼の義を示します。神がわたしたちに刑罰を担わせ ることは、愛のない義です。神がわたしたちに刑罰を担わせないことは、義のな い愛です。神がその刑罰を取り去り、それをわたしたちに代わって担ってくださ るのですから、義と愛の両方があるのです。ハレルヤ! ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第28巻「神の福音(一)」(1997年版)メッセージ第5編か ら引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。