律法はわたしたちが破るために与えられたのか? ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ5:13 律法の前にも罪は世にありましたが、律法がない時には、罪は人に 勘定されることはないのです。(20節)律法が入り込んできたのは、違犯が満ちあ ふれるためです……。 4:15 なぜなら、律法は激怒をもたらしますが、律法のないところには、違犯も ないからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 律法は、わたしたちがそれを守るためではなく、破るために与えられました。神 がわたしたちに律法を与えられたのは、わたしたちがそれに違犯するためです。 あなたがたの多くは、このような言葉を聞くのは初めてかもしれません。そして 奇妙に感じるかもしれません。神は、あなたに罪があることを前から知っておら れました。しかし、あなた自身はこのことを知りません。ですから、神はあなた に、あなたが違犯する律法を与えて、自分を知るようにされたのです。神はあな たが良くないことをご存じですが、あなたは自分が良いと思っています。ですか ら、神は律法を与えられたのです。あなたは一度、二度、そして何度となく違反 すると、自分に罪があると言うでしょう。その時まで、救いはあなたにこないで しょう。あなたは、自分には方法がない、自分を立派にすることは不可能である と認めてはじめて、主イエスをあなたの救い主として受け入れるでしょう。そし て、神の恵みを喜んで受けるでしょう。 わたしたちはすでに見ましたが、人が恵みを受けるためには、へりくだりが必要 です。わたしたちは罪人です。そして罪を犯しました。何がわたしたちをへりく だらせるのでしょうか? それは律法です。人は高ぶります。すべての人は、自 分は強く、自分は立派であると考えます。神は今わたしたちに律法を与えられま した。そしていったん律法を見ると、わたしたちは自らへりくだり、自分は本当 に良くないと告白します。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー著「神の福音・第一巻」(1991年版)メッセージ第16編から引 用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。