引き付ける栄光の神 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒7:2 わたしたちの父祖アブラハムがハランに住む前、まだメソポタミヤに いた時に、栄光の神が彼に現れて、……(3節)『あなたの土地と、あなたの親族 から出て、わたしがあなたに示す地へ行きなさい』と言われました。(4節)そこ で、彼はカルデヤの地から出て……。 マタイ4:19 イエスは彼らに言われた、「わたしについて来なさい。あなたがた を、人を捕る漁師にしてあげよう」。(20節)すると彼らは直ちに網を残して、彼 に従って行った。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神の召しを受け入れる動機と力の第一の面は、神の現れでした。もしわたしがあ なたの所に来たとしても、それは何の意味もありません。なぜなら、わたしは何 ものでもないからです。もし米国の大統領があなたを個人的に訪問するとしたら、 あなたはとても興奮するでしょう。おそらく、あなたは一晩中、眠ることができ ないでしょう。しかし、アブラハムを訪ねたのはだれであったのでしょうか?  栄光の神です。 マタイによる福音書では、イエスがガリラヤの海のほとりを歩いていた時、ペテ ロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネを召されたと告げています(マタイ4:18-22)。主 イエスが彼らに「わたしについて来なさい」と言われると、彼らは彼に従って行 きました。わたしは何年間も、これを理解することができませんでした。ナザレ の小さなイエスが「わたしについて来なさい」と言われると、彼らは彼に従って 行きました。わたしはこれがわかりませんでしたが、ある日、ガリラヤの海辺を 歩いておられたイエスは大いなる光であったことに、わたしは気づきました(マ タイ4:16)。ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネはみな、その大いなる光に引き 付けられたのです。イエスが彼らを見て、召された時、彼らはイエスに引き付け られました。一見して、彼らを召した方は、貧弱なナザレ人でしたが、実は、彼 は栄光の神でした。同じように、栄光の神は、悪鬼どもの地でアブラハムに現れ たのです。原則において、わたしたちがみなそのような現れを経験したことを、 わたしは信じます。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「旧約ライフスタディ・創世記(三)」(1998年版)メッセー ジ第39編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。