わたしたちに間違ったことを行なった人たちのために戦う ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 創世記14:12 彼らはまた、アブラハムのおいのロトとその財産をも奪い去った。 ロトはソドムに住んでいた。(14節)アブラハムは自分の親類の者がとりこになっ たことを聞き、彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集して、ダンまで追 跡した。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― アブラハムはロトが捕らえられたという知らせを聞いて、「彼はその地に行くべ きではなかった。もし行けば神の重い御手が及ぶに違いないことを、わたしは前 から知っていた」とは言いませんでした。彼はどうしたでしょうか? (14節を 読んでください)。これは、アブラハムが真の勝利者であったことをわたしたち に見せています。彼は自己に打ち勝ち、個人の感覚がなくなるほどにまで神に導 かれたのです。ロトが彼に対してどうであろうとも、彼はやはりロトを自分のお いとして認めています。ロトは決して勝利を得たことのない人でしたが、ロトは やはり彼のおいなのです。ロトという人は、メソポタミヤでは一人の平凡な人で あり、ハランに来ても同じように一人の平凡な人であり、カナンに来てもなお平 凡な人であって、自分のために良い地を選んでソドムに行ってしまうほどでした。 しかし、アブラハムはやはりロトを自分のおいとして認めています。ただこのよ うに交わりの立場に立つ人のみ、霊的な戦いができるのです。戦いには力が必要 です。ですから、内側に不平があってはなりません。仮に、ある兄弟がわたした ちに間違ったことを行なったとしても、なおも彼を一人の兄弟として認め、彼の ために祈り、喜んで彼を助けるべきです。このような人であってこそ、霊的戦い の力を持ちます。アブラハムはこのような立場に立って戦ったので、敵に勝つこ とができました。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第35巻「アブラハム、イサク、ヤコブの神」(1999年版) 第3章から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。